早河シリーズ第六幕【砂時計】
 カウンターを挟んだ奥から若い男が立ち上がってこちらに歩いてくる。

「金子さん。香道さんの知人の方です。香道さんのことで聞きたいことがあるって……」
『香道さんのこと?』

彼女が金子と呼んだその男性社員に早河は見覚えがあった。先週の金曜日に六本木でなぎさと遭遇した時に彼女の隣にいた男だ。

 早河は金子に名刺を差し出した。名刺を見た金子はああ……と声を漏らす。

『探偵事務所の……それじゃあ香道さんのもうひとつの職場の方ですか?』
『私は香道の上司です。香道が一緒に京都に取材旅行に出掛けた出版社の方を探しています。お心当たりはありますか?』
『ああ、はい。彼女に取材旅行を依頼したのは僕です。昨日帰ってきました。……あの、込み入ったお話でしたらあちらでお伺いしますよ』

 早河は自販機のある広々としたソファースペースに案内された。ここならば他の人間に話の内容を聞かれる心配もない。

二人はクリーム色のソファーに向かい合って座った。金子も早河に自分の名刺を渡す。

『昨日から香道と連絡が取れないんです。携帯も繋がらず、家にも帰っていないようで』
『そうなんですか? おかしいな。昨日は16時には東京駅に着いていて、香道さんとは東京駅で別れたんです。僕達はタクシーで、香道さんは電車で帰ると言っていました』
『16時に東京駅ですね』

 早河は手帳にメモを取りながら考える。なぎさは東京駅から地下鉄でおそらく四谷三丁目駅に向かった。

金子達と別れてすぐに16時台の電車に乗ったのなら四谷三丁目駅に到着したのは16時半前後だろう。

『僕が香道さんを見たのはそれが最後でしたけど、それから家に帰っていないんですか?』
『そのようです。現時点では何もわかっていませんが警察も動いています』

 金子は手に持つ名刺をしばらく眺めて顔を上げた。

『彼女が探偵事務所で働いていることは聞いています。香道さんが助手をしている探偵とはあなたのことですよね?』
『そうです』
『失礼を承知で伺いますが、あなたと香道さんのご関係は?』
『探偵と助手……上司と部下の関係ですよ』
『それだけですか?』

金子の鋭い眼差しが早河に向けられるが、それで動じる早河ではない。

『先週、僕は六本木であなたをお見掛けしました。香道さんと食事をした帰りに……。あなたは女性と一緒に歩いていらっしゃいましたよね』
『私も覚えていますよ。金子さんは香道の隣にいましたね』

 早河は微笑んだ。どうしてこんな時に笑顔を出せるのかはわからない。
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