早河シリーズ第六幕【砂時計】
 聞き込みの時はなるべく関係者から多くの話を引き出すために穏和な態度になる。これは刑事時代からの癖だ。

『香道さん、あの後で泣いていました。あなたが女性といるところを見て彼女は傷付いたんです』
『あれは仕事の一環だと香道も理解しています』
『理解していたとしても、嫌だったんですよ。僕は香道さんのことが好きでした。告白もしましたけど振られたんです。正直に言うと今でも彼女が好きです』

 なぎさのことを好きな男が目の前にいる。早河はこの真摯で正直者な男が自分と真っ向から向き合おうとしていると悟る。

『金子さんのお気持ちはわかりました。私の方からも少し個人的な話をしても構いませんか?』
『ええ。どうぞ』

 早河は前傾姿勢になって両手を膝の上で組んだ。

『俺、2年前までは警視庁の刑事だったんです』
『警視庁……? それは凄いな。刑事だった人が探偵になるって話は小説やドラマではありがちですけど、現実にいるとは思いませんでした』
『刑事を辞めた人間が出来ることなんか限られますからね。なぎさの兄も刑事で、俺の先輩刑事だったんです』
『香道さんのお兄さんも?』

 早河の一人称やなぎさへの呼び方が変わったことに金子は気付いた。

早河は煙草を取り出そうとしてフロアの禁煙マークを見つけて止めた。金子が申し訳なさそうに頭を下げるから、気にするなと手振りで示す。

『今はどこも禁煙なんですね。肩身の狭い時代だ』
『分煙って言うんですよね。うちも吸えるフロアは愛煙家の溜まり場になってますよ。文芸フロアは残念ながら禁煙で……』

 煙草の代わりの缶コーヒーを買って早河と金子は元の場所に腰を降ろした。二人同時に缶を開ける。

『なぎさの兄は2年前に殉職しました。俺を庇って銃で撃たれて……。彼は俺が殺したようなものです』

缶コーヒーを一口飲んだ金子は無言で早河の話に耳を傾けた。金子の想像以上に、早河となぎさの過去は重たかった。

『俺はなぎさに恨まれて当然の男です。現に、兄が亡くなった直後は彼女はかなり俺を恨んでいたと思います』
『だけど今は香道さんはあなたの下で働いていますよね』
『色々と訳ありなんですよ。彼女が前の出版社を辞めたのも俺の所で働くためでした。いきなり押し掛けてきて雇ってくれと言った彼女を最初は拒みました。でもなぎさの勢いに負けて助手として雇うことになったんです。ですが、もう助手は辞めさせました』

土曜日の泣き顔を早河はまた思い出していた。無糖のブラックコーヒーが身体に流れる。
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