早河シリーズ第六幕【砂時計】
『辞めさせた? どうして?』
『俺となぎさはある犯罪組織を追っています。金子さんには夢物語のように聞こえるかもしれませんが、なぎさの兄を殺した男は犯罪組織のトップの人間です。だから彼女は俺の助手になって一緒にその男を追っていた。でも……そろそろ本格的に危険になってきて。なぎさに危険が及ぶ前に俺から離れさせたんです』

 手離すのが遅かったかもしれないが……と小声で呟いた早河の言葉はしっかり金子の耳にも届いていた。

『その犯罪組織が香道さんを連れ去ったとお考えなんですね?』
『今はまだ何とも言えませんがその可能性は高いです。俺の弱点がなぎさだと奴らは気付いている。……お仕事中に申し訳ありませんでした』

 半分残る缶コーヒーを手にして早河は立ち上がる。金子も立ち上がった。
二人の男はエレベーターホールまで肩を並べて歩く。

『正直に答えてください。早河さんは香道さんのことをどう思っているんですか?』

金子からの質問に早河は数秒置いて口元を上げた。その質問の答えはひとつだ。

『なぎさは命を懸けて守りたい大切な女です』

 早河を乗せたエレベーターの扉が閉まる。ホールに残された金子は溜息をついて天井を仰ぐ。

『悔しいけどこれで本当に完敗だな』

早河となぎさの行く末と、なぎさの行方が気掛かりだった。なぎさの無事を祈ることしかできず歯がゆい。
しかし一般人の自分には何もできないと気持ちを切り替えて、金子は業務に戻った。

         *

 二葉書房を出た早河は、上野警部に四谷三丁目駅の昨日の防犯カメラ映像の手配依頼のメールを送信する。

 車を停めたコインパーキングまで歩く彼の脳裏には2年前の桐原恵の顔があった。彼女は本当に友人の結婚式が目的で東京を訪れたのか?

(桐原恵の写真……香道さんと一緒に撮ったものがあったよな)

 ケルベロスとバーで会っていた女が桐原恵なのかは目撃した高木に写真を見せて確認すれば直にわかる。

そうでないことを願いたい。香道秋彦のかつての婚約者がカオスと繋がっている……そんなことは考えたくない。

(なぎさ……無事でいろよ)


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