早河シリーズ第六幕【砂時計】
奇抜な色彩のアトラクションとは正反対の灰色の建物が見えてきた。建物の前面にはかつては受付だったことが窺えるカウンターがあり、プラスチックの札には総合事務所と書いてある。
周囲に人の気配はない。カウンター横の扉の銀色のノブを回す。拍子抜けするくらいにノブは簡単に回って早河を建物の中へ誘《いざな》った。
短い廊下の奥にもう一枚扉がある。早河は用心深くその扉を開けた。
『……なぎさっ』
部屋の隅になぎさが座り込んでいる。彼女は伏せていた顔を上げた。
「所長……」
『ごめんな』
謝罪の言葉になぎさは無言でかぶりを振った。早河に会えた嬉しさと安堵、早河がここに来てしまったことへの絶望と恐怖。
様々な感情が押し寄せて涙となってなぎさの頬を流れる。
早河はなぎさの手と足を縛る紐を解いて彼女を抱き締めた。
彼女の体温と彼女の香り、彼の体温と彼の香り、好きで好きでたまらない、愛しい人。
「お兄ちゃんの婚約者の恵さんが……」
『わかってる。桐原恵はケルベロスと手を組んでいる』
「ケルベロスってカオスの? じゃあ恵さんはカオスの人間なんですか?」
『詳しい話は後だ。ここから出るぞ』
なぎさの身体を支えて立ち上がらせる。手を繋いで二人は廊下に出た。外に通じる扉を開けた早河となぎさを待ち構えていたのは、予想通りの光景。
総合事務所の前には先ほど早河を襲ってきた男達の倍の人数の男が待っていた。
『ま、そんな簡単には逃がしてくれないよな。全部で何人いるんだ?』
「……二十人くらいはいそうですね」
『二十人ね。最近運動不足で体なまってるからちょうどいい人数だ』
彼は繋いでいたなぎさの手をジャケットのポケットに入れて彼女に耳打ちする。
『俺が合図したらゆっくり3秒カウントしてどこの出口でもいいからとにかく走れ。それからこの携帯で矢野に連絡しろ。近くで待機してるから』
「はい」
なぎさは早河のポケットの中の固い質感のそれを握る。
『行くぞ』
早河がなぎさの手を離した。それが合図となってなぎさも彼のポケットから携帯電話を引き抜き、1……2……3のカウント後、二人は同時に別々の方向に飛び出した。
二人の前には男達が立ちはだかる。なぎさの行く手を塞ぐ男達を早河が殴り付け、彼女はここから一番近い出口に向かって走り出す。
追いかけてくる男達を振り切って小道から伸びる階段を駆け降りる。陽はすでに傾き始めていて赤い太陽が見えた。
残してきた早河の身が気掛かりだが、男達から逃げるので精一杯のなぎさには振り返ることも許されない。涙ぐむ目元を袖で拭い、早河の携帯を使って矢野に連絡をしようとした彼女は前方を見て足を止めた。
塗装が剥げたメリーゴーランドの前に桐原恵が立っていた。恵が持つ拳銃の銃口がなぎさに向けられる。
「恵さん……」
「ごめんね。せっかく早河さんと会えたのに……」
くたびれて頭を垂らした回転木馬の前で二人の女が向き合った。
周囲に人の気配はない。カウンター横の扉の銀色のノブを回す。拍子抜けするくらいにノブは簡単に回って早河を建物の中へ誘《いざな》った。
短い廊下の奥にもう一枚扉がある。早河は用心深くその扉を開けた。
『……なぎさっ』
部屋の隅になぎさが座り込んでいる。彼女は伏せていた顔を上げた。
「所長……」
『ごめんな』
謝罪の言葉になぎさは無言でかぶりを振った。早河に会えた嬉しさと安堵、早河がここに来てしまったことへの絶望と恐怖。
様々な感情が押し寄せて涙となってなぎさの頬を流れる。
早河はなぎさの手と足を縛る紐を解いて彼女を抱き締めた。
彼女の体温と彼女の香り、彼の体温と彼の香り、好きで好きでたまらない、愛しい人。
「お兄ちゃんの婚約者の恵さんが……」
『わかってる。桐原恵はケルベロスと手を組んでいる』
「ケルベロスってカオスの? じゃあ恵さんはカオスの人間なんですか?」
『詳しい話は後だ。ここから出るぞ』
なぎさの身体を支えて立ち上がらせる。手を繋いで二人は廊下に出た。外に通じる扉を開けた早河となぎさを待ち構えていたのは、予想通りの光景。
総合事務所の前には先ほど早河を襲ってきた男達の倍の人数の男が待っていた。
『ま、そんな簡単には逃がしてくれないよな。全部で何人いるんだ?』
「……二十人くらいはいそうですね」
『二十人ね。最近運動不足で体なまってるからちょうどいい人数だ』
彼は繋いでいたなぎさの手をジャケットのポケットに入れて彼女に耳打ちする。
『俺が合図したらゆっくり3秒カウントしてどこの出口でもいいからとにかく走れ。それからこの携帯で矢野に連絡しろ。近くで待機してるから』
「はい」
なぎさは早河のポケットの中の固い質感のそれを握る。
『行くぞ』
早河がなぎさの手を離した。それが合図となってなぎさも彼のポケットから携帯電話を引き抜き、1……2……3のカウント後、二人は同時に別々の方向に飛び出した。
二人の前には男達が立ちはだかる。なぎさの行く手を塞ぐ男達を早河が殴り付け、彼女はここから一番近い出口に向かって走り出す。
追いかけてくる男達を振り切って小道から伸びる階段を駆け降りる。陽はすでに傾き始めていて赤い太陽が見えた。
残してきた早河の身が気掛かりだが、男達から逃げるので精一杯のなぎさには振り返ることも許されない。涙ぐむ目元を袖で拭い、早河の携帯を使って矢野に連絡をしようとした彼女は前方を見て足を止めた。
塗装が剥げたメリーゴーランドの前に桐原恵が立っていた。恵が持つ拳銃の銃口がなぎさに向けられる。
「恵さん……」
「ごめんね。せっかく早河さんと会えたのに……」
くたびれて頭を垂らした回転木馬の前で二人の女が向き合った。