早河シリーズ第六幕【砂時計】
早河は男が振り下ろした鉄パイプを避けて男の腹に拳を撃ち込む。地面には早河に倒された男達が呻いていた。
この手段は賭けに過ぎない。あの場からなぎさを逃がすにはこの手段しかなかった。
上手く行けば近くで待機している矢野になぎさは保護されるが……。
桐原恵がなぎさの居場所をあっさり教えたこと、この計画の首謀者と思われる恵とケルベロスがまだ姿を現していないことが気掛かりだった。
余力の残る男達から逃れて早河は小道を駆けた。視線の先にはメルヘンな装飾のメリーゴーランド。
動かない回転木馬の前にはなぎさと、なぎさを後ろから抱き抱えるようにして拘束する恵がいた。恵はなぎさの頭に銃口を向けている。
恵の周りにはなぎさを追いかけていた男達が並んでいた。やはり、危険な賭けは上手くいかないようにできているらしい。
こんな形で桐原恵と再会したくなかった。
『ようやく現れたな、桐原恵。わざと俺になぎさの居場所を教えただろ?』
「そうよ。今からはあなたとなぎさちゃんが二人一緒にいることが重要なの」
『どういう意味だ?』
「どうして私があなたに復讐するか、理由はわかるわよね?」
恵は感情のない瞳で早河を見据えた。しかし早河は恵ではなくなぎさを見ていた。なぎさも早河を見ている。
『香道さんが俺を庇って亡くなったからだろ』
「それだけであなたを恨むのは間違ってるって必死で自分に言い聞かせた。秋彦のご両親でさえも今のあなたのことは認めている。私もあなたを許さなくちゃいけないってずっと思っていた。でもね、理屈じゃないのよ」
冷静さを保っているように見せても、恵の言葉の端々に感情の昂りが感じられる。2年振りに目にする恵には悲壮感が漂っていた。
まさにサスペンスドラマで夫を殺された未亡人そのものだ。
「私のこの感情は間違ってると思う。だけど私はいつまでも同じ場所に立ち止まって動けずにいるのにあなたは未来を歩いている。秋彦の歩けなかった未来を、秋彦の妹のなぎさちゃんと一緒に……それが許せなかった」
『……恵さん。あんたの戸籍謄本見たよ。去年の春に子供を産んでいたんだな』
「……子供?」
早河が告げた事実に反応を見せたのは恵ではなくなぎさだった。なぎさは自分に向けられた銃口に怯えながら顔を恵の方に動かす。
「子供ってお兄ちゃんとの?」
「そうだよ。秋彦と私の娘。なぎさちゃんの姪よ。妊娠がわかったのは秋彦が死んだすぐ後だった。秋彦がいなくなっても私に残された……たったひとつの宝物。でも娘はウイルス性の病気にかかって生後半年で死んでしまったの。今日が娘の命日よ」
桐原恵は未婚で娘を出産した。父親の欄が空白の娘の出生日は2008年4月、死亡は同年11月11日。
「私の親は娘さんのことは……」
「知らないよ。うちの親にも香道の家には知らせないでくれって頼んだの。それに今話したところで……もう孫は死んでしまったのだから、なぎさちゃんのご両親を悲しませるだけよ」
香道秋彦が桐原恵に残した宝物はもうこの世にはいない。存在を知ることも姿を見ることも叶わなかったなぎさの姪。
この手段は賭けに過ぎない。あの場からなぎさを逃がすにはこの手段しかなかった。
上手く行けば近くで待機している矢野になぎさは保護されるが……。
桐原恵がなぎさの居場所をあっさり教えたこと、この計画の首謀者と思われる恵とケルベロスがまだ姿を現していないことが気掛かりだった。
余力の残る男達から逃れて早河は小道を駆けた。視線の先にはメルヘンな装飾のメリーゴーランド。
動かない回転木馬の前にはなぎさと、なぎさを後ろから抱き抱えるようにして拘束する恵がいた。恵はなぎさの頭に銃口を向けている。
恵の周りにはなぎさを追いかけていた男達が並んでいた。やはり、危険な賭けは上手くいかないようにできているらしい。
こんな形で桐原恵と再会したくなかった。
『ようやく現れたな、桐原恵。わざと俺になぎさの居場所を教えただろ?』
「そうよ。今からはあなたとなぎさちゃんが二人一緒にいることが重要なの」
『どういう意味だ?』
「どうして私があなたに復讐するか、理由はわかるわよね?」
恵は感情のない瞳で早河を見据えた。しかし早河は恵ではなくなぎさを見ていた。なぎさも早河を見ている。
『香道さんが俺を庇って亡くなったからだろ』
「それだけであなたを恨むのは間違ってるって必死で自分に言い聞かせた。秋彦のご両親でさえも今のあなたのことは認めている。私もあなたを許さなくちゃいけないってずっと思っていた。でもね、理屈じゃないのよ」
冷静さを保っているように見せても、恵の言葉の端々に感情の昂りが感じられる。2年振りに目にする恵には悲壮感が漂っていた。
まさにサスペンスドラマで夫を殺された未亡人そのものだ。
「私のこの感情は間違ってると思う。だけど私はいつまでも同じ場所に立ち止まって動けずにいるのにあなたは未来を歩いている。秋彦の歩けなかった未来を、秋彦の妹のなぎさちゃんと一緒に……それが許せなかった」
『……恵さん。あんたの戸籍謄本見たよ。去年の春に子供を産んでいたんだな』
「……子供?」
早河が告げた事実に反応を見せたのは恵ではなくなぎさだった。なぎさは自分に向けられた銃口に怯えながら顔を恵の方に動かす。
「子供ってお兄ちゃんとの?」
「そうだよ。秋彦と私の娘。なぎさちゃんの姪よ。妊娠がわかったのは秋彦が死んだすぐ後だった。秋彦がいなくなっても私に残された……たったひとつの宝物。でも娘はウイルス性の病気にかかって生後半年で死んでしまったの。今日が娘の命日よ」
桐原恵は未婚で娘を出産した。父親の欄が空白の娘の出生日は2008年4月、死亡は同年11月11日。
「私の親は娘さんのことは……」
「知らないよ。うちの親にも香道の家には知らせないでくれって頼んだの。それに今話したところで……もう孫は死んでしまったのだから、なぎさちゃんのご両親を悲しませるだけよ」
香道秋彦が桐原恵に残した宝物はもうこの世にはいない。存在を知ることも姿を見ることも叶わなかったなぎさの姪。