早河シリーズ第六幕【砂時計】
 なぎさは目の前のこの男が“ケルベロス”である事実が信じられなかった。彼女の震える唇が動く。

「あなたが……ケルベロスなの……?」
『ああ、俺がケルベロスだ』
「嘘……だって……だってあなたは……」
『信じられないなら今から教えてやるよ。お前の身体にな』

 ケルベロスが目で合図を出す。なぎさを拘束する男が嫌がるなぎさをメリーゴーランドの柵の中に引きずり込んだ。

「やめて! なぎさちゃんには手を出さないで!」
『もとはお前がこの女を巻き込んだんだろう。兄貴の恋人だった女にこんな扱いされて可哀想になぁ』

 なぎさの身に何が起きようとしているか察した恵が叫ぶが、メリーゴーランドの柵をまたいで中に入ったケルベロスは恵に無慈悲な言葉を浴びせる。

なぎさを助けたくても二人の男に腕を掴まれて拘束されている状態では恵も動くことができない

 回転板の床に押し倒されたなぎさの上にケルベロスが跨がった。ケルベロスに撃たれて早河が死んでしまったショックと、ケルベロスの正体を知った驚きで放心状態のなぎさは声も出せなかった。

 赤い太陽が隠れて陽が落ちていく。紫がかった視界の中でケルベロスの冷淡な眼差しに寒気がした。

『死ぬ前最後の相手が早河じゃなくて残念だったな。お前は俺が存分に可愛がってから殺してやる。ちゃんとイかせてやるからイイ声で鳴けよ?』

ネクタイを緩めたケルベロスは恐怖に強張るなぎさの頬に拳銃を当てる。
怖い、嫌だ、ここから逃げなくちゃ、そう思っても身体が動かない。

「……やめて……」

 やっとの思いで絞り出した声は小さくかすれていた。サディスティックなケルベロスにはなぎさの怯えも快感の材料にしかならない。

 唇に感じる圧迫感にケルベロスにキスをされたと気付く。必死で口を閉じてそれ以上の侵入を拒否しても、もがいた拍子に唇の隙間から差し込まれたケルベロスの舌が気持ち悪かった。

「いやぁっ……! んんっ……っ!」

優しくもない、愛情もない、男の欲望を押し付けただけの唇の接触に吐き気が込み上げる。

 ジタバタともがいた手足もすぐにケルベロスに押さえつけられ、ストッキングが引き裂かれる音がする。首筋を強く吸われて痛みを感じた。

身体に触れるケルベロスの手つきは乱暴で強引で、恐怖と不快感しか産まない行為。
このままケルベロスに犯される絶望を抱えたなぎさは固く目を閉じた。

『……なぎさに触るんじゃねぇよ』

 紫色に染まる園内に怒号が響いた。なぎさに覆い被さっていたケルベロスは上体を起こし、ある方向に視線を向ける。

地面に倒れていたはずの早河が立っていた。目を開けたなぎさもメリーゴーランドの柵越しに見えた早河の姿に涙が止まらない。

『やはりそうか。防弾ベストを着ているな?』
『着ておいて正解だったよ。衝撃でしばらく動けなかったが、死ぬよりはいい』

 早河とケルベロスが睨み合う。
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