早河シリーズ第六幕【砂時計】
 早河が一歩前に出た。

『なぎさを離せ』
『離せと言われて素直に離す人間いねぇぞ? それ以上近付くと今度はお前の頭を撃ち抜く。射撃は俺の得意分野だからな。ここからでも、お前の頭めがけて弾をぶちこむなんてことは簡単だ』

ケルベロスは早河に銃口を向けた。早河の動きが止まる。

『そこでこの女が俺のものになるのを黙って見てるんだな。こうなると死んだ方がマシだったんじゃないか?』

 部下に早河を威嚇させてケルベロスは再びなぎさに馬乗りになった。嫌がるなぎさの悲鳴が聞こえて、早河は拳を握って目を閉じる。

『黙って見てろ? ……ふざけるな』

 小声で吐き捨てた後、早河は拳銃を持つ男めがけて突進した。男が銃を撃つよりも速く、男の手から銃を奪って殴りかかる。
負傷した左腕は使い辛く、男も早河の左腕に攻撃を集中させてきた。

 恵を押さえつけていた二人の男も加勢して早河に襲いかかった。早河の背後に攻撃を仕掛けようとしたところに別の人間の攻撃が加わり早河への攻撃を防いだ。
早河は男の拳をかわして腕をねじりあげると後方を見た。

『遅い! 来るならもっと早くに来い!』
『武田のクソジジィからなかなかゴーサインが出なかったんですよ……! これでも予定より早く登場したつもりなんですけどねっ』

 矢野一輝が男の鳩尾《みぞおち》に横蹴りを喰らわせる。矢野はもうひとりの男にはスタンガンを当てて気絶させた。

 早河と矢野の二人がかりでケルベロスの部下は全員地面に倒れた。
左腕を押さえて立つ早河の周りの地面は彼自身の血や男達から流れた血で赤く染まっていた。

 早河のジャケットは脱ぎ捨てられてグシャグシャになっていて、矢野がネクタイを使って早河の腕を止血をする。
早河と矢野の格闘劇を見物していたケルベロスは悠長に口笛を吹いて拍手した。

『まるで青春学園ストーリーを見ているようだ』
『くだらないこと言ってないでなぎさを離せ』

 腕の止血を終えた早河は地面に落ちている拳銃を右手で拾い上げ、ケルベロスに銃口を向けた。

『早河さんっ……! それはまずいって! 今は刑事じゃないんだから……』

泣いている恵に駆け寄った矢野が早河を制止するが、早河はそれを無視して拳銃のグリップを握る。
刑事を辞めて以来、久々の銃の感触だ。

『お前に撃てるのか? 相方さんも心配してるが今のお前は刑事じゃない。撃てば犯罪者になるぞ』
『お前のような奴になぎさが犯されるくらいなら俺はお前を殺す』
『まったく。かなりこの女にご執心だな。残念だよ、早河。お前はもう少し頭のいい奴だと思っていたが』
『俺も残念だよ。あんたがケルベロスだったとはね。……原さん』

 早河が銃を向ける相手は元同僚の警視庁捜査一課所属の刑事、原昌也だった。
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