早河シリーズ第六幕【砂時計】
 ケルベロスこと、原昌也は肩を震わせて笑った。

『その様子じゃ、俺がケルベロスだと勘づいていたな? 最近チョロチョロと俺の周りをうろつくネズミが鬱陶しかったんだ。たとえばそこにいる情報屋さんとかね』

メリーゴーランドを囲む鉄柵を挟んだこちらとあちらで銃口が向き合う。

『早河。命が惜しければ銃を下ろせ』

早河は微動だにしない。原はまた口笛を吹いた。

『あー、なるほど。わかった。お前にとって苦痛なのはこっちか』

 彼はなぎさを引きずって立ち上がらせ、早河に見せつけるように無理やりキスをした。なぎさは必死で抵抗するが、後頭部を強く押さえつけられて身動きできない。

 愛する女と最低な男との最悪なキスを見せつけられて銃を構える早河の腕が怒りで揺らぐ。

なぎさはせめてもの抵抗に原の唇を力を込めて噛んだ。舌打ちした原が唇を離す。

『痛ぇな。気の強い女だ』

なぎさに噛まれた唇から滲んだ血を手の甲で拭い、彼女の髪を乱暴に掴んだ。早河は苦悶の表情でまだ銃を構えている。

『おい早河。銃を下ろさないとお前の大事な女をもっとめちゃくちゃにするぞ。この女を今すぐ殺してやろうか?』

 ここで銃を下ろせば原がこちらに引き金を引くだろう。銃を撃てば刑事ではない早河は犯罪者として逮捕される、銃を下ろさなければなぎさが危ない。

『そんなに自分よりこの女が大事か』

銃を下ろした早河めがけて、原が引き金を引いた。早河は素早く受け身をとって弾を避ける。

『良くできました。次は確実に頭を狙うぜ? 俺の正体を知られたとなれば、ここにいる全員生かしておくわけにはいかねぇ』
『原さん、あんた刑事だろ。刑事のあんたがどうしてカオスに……』
『はっ。いいか、早河。人間ってのはな、三種類に分けられるんだ。殺さない人間、殺す人間、殺される人間。お前は人を殺したいと思ったことはあるか?』

 太陽が沈み、闇が訪れた。廃園の遊園地に電灯は灯らない。
闇に映し出されるかつての同僚刑事は、早河の知る原昌也とはもはや別人だった。

『あんたがなぎさを襲った時に本気で殺してやろうかと思った』
『そりゃそうだろうな。俺を調べていたなら俺の親のことも知ってるんだろ?』
『あんたが10歳の時、あんたの母親は浮気相手の男に殺された。あんたは母親が殺される瞬間を目撃していたんだよな』

 原昌也の両親は父親も母親も他界している。25年前に母親は浮気相手に殺され、父親は20年前に団地のベランダから転落死。

『俺が熱を出して学校を休んでいた時にな、家に浮気相手の男が来て母親をナイフで刺し殺した。その時自分の部屋を出ていた俺は母親が殺される現場を見ていたんだ。男はそのまま自分を刺して自殺。あの時に味わった衝撃は今思い出してもゾクゾクする。人が死ぬ瞬間、血が流れていく光景……あれは芸術だ』

気分の高揚が見てとれる原の目付きは常人とは異なっていた。人が死ぬことを芸術と称する原の狂った思考は理解できない。
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