早河シリーズ第六幕【砂時計】
 真紀が恵を連行した小道の反対側から二人の男が歩いて来る。
暗がりの遊園地に懐中電灯の明かりが光った。片方の男を見た矢野が顔をしかめる。

『うわっ。ラスボス登場……』
『誰がラスボスだ、馬鹿者』

 この場の誰よりも年長者であり、最高権力者でもある武田健造財務大臣は矢野の頭を小突いた。阿部が武田に一礼する。
武田と共に歩いて来たのは上野警部だ。

 武田大臣は抱き合う早河となぎさを見てニヤリと笑った。

『仁、あれはなかなか男らしい告白だったぞ。やればできるじゃないか』
『あの時はタケさん達に聞かれてること忘れてたから……』

 早河は額に手を当てて項垂れる。恵に撃たれた左腕の傷の心配をしていたなぎさは彼の言動に首を傾げた。

「聞かれてるって何をですか?」
『ここに小型のレコーダーをつけて会話を録音してた。タケさんと矢野は車で待機して俺達の会話を聞いていたんだ』

早河が着る防弾ベストの腰の部分には小型の機器が取り付けてある。彼はそれを外し、矢野の手を借りて防弾ベストを脱いだ。

「そうだったんですか……じゃあ武田さんに全部聞かれて……」
『なぎちゃーん。仁のこと振るなら盛大に振ってやっていいからね! こんな鈍感ポンコツ男は止めて私のところに来なさい』

 顔を赤くするなぎさの前で武田が両手を広げた。その手を払い除けたのは早河だ。

『エロジジィは早く帰れ』
『仁は早く傷の手当てをしなさい。お前が使い物にならなくなったら私が困る。それと……なぎささん。ケルベロスを捕まえるためだとしても君には辛い想いをさせてしまった。申し訳ない』

 武田がなぎさに頭を下げるのを早河も矢野も唖然として見ていた。武田と付き合いの長い彼らは、武田が議員の職務以外で人に頭を下げる場面を見たことがない。

 矢野の加勢も警察の登場もタイミングは武田と阿部の示し合わせだった。もう少し早くに矢野や警察の突入を早くすれば、なぎさはケルベロスに強姦まがいのことをされずに済んだだろう。

なぎさは武田の肩に触れて頭を上げさせた。

「私は大丈夫です。所長が必ず助けてくれるって信じてましたから……」
『ありがとう。仁はいい女を捕まえたなぁ。やっぱりなぎちゃんはお前には勿体ない』
『だから早く帰れ。マスコミが来てタケさんがここに居ることが知れたらマズイだろ』
『はいはい。じゃ、上野警部に阿部警視。後の処理は頼むよ』
『はい。大臣、駐車場までお送りします』

武田と阿部の後ろ姿を見送る早河の脳裏によぎるケルベロスの最後の言葉。


 ──“幕はまだ上がったばかり”──


 これで終わりではない。ここからが始まりだ。
加速する未来が、迫ってきていた。



第四章 END
→第五章 天地創造 に続く
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