早河シリーズ第六幕【砂時計】
 場所は六本木の路地裏。地下に向けて口を開く階段を降りればそこは異国の世界。
甘い花の香りに包まれたキャバレーのさらに奥、鉄の扉で封じられたその先に行ける者は限られている。

 鉄の扉の向こうには完全防音の個室が並び、利用する人々はそこをビジネスルームと呼ぶ。ビジネスルーム15号室では早河仁と武田健造財務大臣が難しい顔で向き合っていた。

『今はまだこちらの動きを悟られないよう慎重に事を進めよう。このUSBに入っている内容が事実ならば非常に厄介だからな』
『USBの中身、タケさんはどう思う?』

 早河はノートパソコンの画面を指差した。画面にはUSBから読み込んだデータが表示されていた。武田はテーブルに置かれたUSBメモリを持ち上げて指で弄んでいる。

『何せ情報の出所が問題だ。信用度は五分五分。この情報をどこまで信じるかで我々の今後の動きも決まる』
『俺もまだ完全にこのデータを信用したわけじゃねぇけど……画面見てるだけで気が滅入ってくる』

早河が画面をコツコツ、と規則的に叩く。彼の口からは溜息が漏れていた。

『じゃあ私は行くよ。これから会食なんだ』
『なんだかそうやってるとタケさん国会議員みたいだよな』
『阿呆。みたいじゃなく正真正銘の国会議員だ。さてはお前、国会中継見とらんな?』

けだるく立ち上がった武田は早河の肩を叩く。

『なぎちゃんにも宜しく伝えてくれ。たまには顔が見たいと武田が言っておったとな』
『はいはい』

 武田を見送ってビジネスルームにひとりになった早河は携帯電話のアドレス帳を開き、あ行の欄を表示した。

(とにかく今は地道に証拠固めしていくしかねぇか……)

武田が残した冷えた唐揚げを口に放り込み、咀嚼する。アドレス帳のあ行の次、か行の欄には香道なぎさの名前があった。

『なぎちゃんねぇ……』

 武田はなぎさを“なぎちゃん”の愛称で呼んでいる。なぎさにデレデレと鼻の下を伸ばす様は国会議員の威厳はなくただのセクハラ親父だが、武田なりになぎさを大切に思っているらしい。

(なぎさが京都に行くのは日曜だったよな……)


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