早河シリーズ第六幕【砂時計】
 阿部は都内の病院に搬送され、付き添いの真紀は項垂れて廊下に座り込んでいた。上野を先頭にして早河と矢野が廊下を歩いてくる。

『真紀』

矢野が彼女の名前を呼ぶ。三人の顔を順に見た真紀は目を伏せた。

「警部、申し訳ありません。目の前で阿部警視が刺されたのに、私は被疑者を確保できませんでした」
『お前の責任じゃない。それにお前から連絡を受けてすぐに現場周辺に緊急配備を敷くことができた』

 上野は真紀の隣に座り、手術室の扉を見つめた。

『二十代から三十代の男で、不審な動きをしている人物を見掛けたら片っ端から職質をかけた。この寒さで上着も羽織っていない男が見つかり、任同で調べて、そいつが阿部警視を刺したと吐いたよ。凶器とパーカーは男の供述通り公園のゴミ箱から見つかった』
「誰の命令でやったと言っていますか?」
『それについては黙秘してる。が、カオスの手の者か……警察内部か』

上野が早河と矢野と目を合わせる。三人は険しい顔つきだった。

『今日はもう帰れ』
「でも警視が……」
『何かあればすぐに知らせる。とにかく帰って休め。矢野、小山を頼む』

 真紀の服には阿部の血が付着していて惨劇の余韻を残している。矢野が自分のコートで真紀の身体を包み、彼女を支えて立ち上がらせた。

「阿部警視が言っていました。笹本警視総監に気を付けろと……」

真紀は上野と早河に阿部の言葉を伝える。二人はまた互いに目を合わせた。

「警視を狙うよう命令を出したのはもしかして……」
『今はそれ以上は言うな。お前の言いたいことはわかってる』

 上野に制されて真紀は口を閉じた。彼女は矢野に支えられて廊下を進む。

「いつものラーメン……。警視と一緒に食べたの。色んな話して……奥さんの話も聞いたりした」
『そっか』
「やっと少しだけ警視と打ち解けられたのに……」

 エレベーターホールで下りのエレベーターを待っていると、片側のエレベーターが開いて腹部の大きな女性が降りてきた。

妊婦の女性は服に血をつけた真紀の姿を見てすべてを察したのか、真紀と矢野に頭を下げて手術室に続く廊下を歩いていく。
阿部いわく、気の強い天然バカと表された彼の妻は、小柄で柔和な雰囲気の女性だった。

「あの人……たぶん阿部警視の奥さん……」
『だろうな。俺達には阿部警視の無事を祈ることしかできない』

 矢野は真紀の肩を優しく抱いた。
きっと阿部もプライベートではこんな風に妻の肩を優しく抱いているのだ。
そう思うとまた込み上げる涙が真紀の頬を濡らした。
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