早河シリーズ第六幕【砂時計】
 先週の月曜日に腹部を刺されて負傷した警察庁の阿部警視は無事に命を繋ぎ止めた。

 阿部を刺した男は22歳のフリーター。街中で見知らぬ男から現金二十万円を報酬として、金と引き換えに阿部をナイフで刺してくれと頼まれたと供述している。

二十万の金と引き換えに人殺しを請け負う人間もいるのだ。

 阿部の殺害依頼をした男の正体は判明していない。似顔絵を作成したが被疑者の証言が曖昧であり、加えて男はサングラスや付け髭の変装を施していたようで似顔絵はあてにはならない。

 狙われたのは阿部警視だけではない。先週末には警視庁公安部の栗山警部補が職務中に狙撃を受けた。

狙撃の気配に気付いた栗山の部下が、彼を庇って足を撃たれて負傷。栗山も部下も命に別状がなかった事が幸いだった。

 立て続けに狙われた警察庁の阿部と公安部の栗山。阿部はボディーガードが不在のプライベートな時間を狙われ、栗山は職務中。

他部署にトップシークレットで動く公安の人間の情報を的確に掴める人間でなければ、栗山を狙うのは容易ではない。

 阿部と栗山の動向をいち早く掴める立場にいる人物が彼らに暴漢を差し向けた黒幕だ。
早河には黒幕の予想はついている。
警視庁トップの地位にいるあの男、笹本警視総監だ。

 いよいよ、その時が訪れた。犯罪組織カオスと、貴嶋佑聖と対峙する時が迫っている。

『なぎさ。これから俺かお前のどちらか、もしかすると二人とも危険な目に遭うかもしれない。明日には会えなくなる時が来るかもしれない。……だから今のうちに言っておく。明日もし会えなくなって、一生この言葉が言えなくなるのは嫌だからな』

 なぎさは早河を見上げて彼の言葉を待った。静寂の時を刻むのは速くなる二人分の心臓の鼓動。

『結婚しよう』

潤ませた目を細めてなぎさは笑い、彼女は一言「はい」と囁いた。

 風にざわめいた木々の音は祝福の音色? 波乱の不協和音?

 覚悟を決めた二人に砂時計がゲーム開始のカウントダウンを知らせる。
砂は加速と減速を繰り返してどこまでも堕ちてゆく。

進む時間は止められない。

 砂時計の砂の最後の一粒が堕ちた時、最終章への幕が上がる。
最後にして最大の犯罪劇が間もなく、開演。



第六幕 砂時計 END

→次回、最終幕【人形劇】に続く
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