Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
秘剣修得
その頃、シリウスは港にいた。北の町の南東にあたるこの場所は、星の大地南部にある東の都との船が行き来したり、漁船の発着場所になったりしている。長い階段があり、その上には「巨門の祠」がある。「巨門」とは北斗七星のベータ星の中国語名で、「メラク」という別名がある。祠の社には大きな塩の塊が鎮座し、ご神体として祀られている。
ミラは祠にお参りした後、港にいるはずのシリウスを探した。
と言っても、見つけるのに時間はかからなかった。幼い頃、2人でよくこの港を訪れて魚釣りをしたからだ。シリウスは、港の外れにある砂浜にいた。
「シリウスー!」
ミラが手をふると、シリウスも手を挙げて答えた。
「やっぱりここだったね」
「ちょうどよかった。ほれ」
シリウスは手に持っていたものをミラに投げた。鮮やかな赤い貝殻だ。
「わあ、きれい!」
「よく集めていたよな、やるよ」
また海に向き直り、釣り竿を垂らす。そっけないが細かいことを覚えていてくれるし、優しい。ミラはシリウスのそんなところが好きなのだ。
(ポラリスを盗んだのだって、私をベテルギウスとリゲルから守るためだったみたいだし。それでも言い訳しないんだよね)
魚を釣り続けるシリウスを見ながら、ミラは言った。
「ねえシリウス。本当に紫微垣になるの?」
「何だ、急に?」
釣れた魚を釣り針から外してバケツに入れる。
「危険な使命だってアルクトゥルスさんが言っていたよ」
確かに。修行も並大抵ではないからその任務の過酷さは想像を絶する。
「まあな。でも学舎は退学になったし、孤児院には帰れないし。もう死んだようなものだから、このまま続けても失うものはないさ」
「うちに来てよ」
ミラが顔を赤らめて言った。
「え?」
「うちだったら1人増えても問題ないよ。私とママしかいないし。貧民街の長屋だからあまりきれいじゃないけどさ」
ミラの母親は幼い頃から知っている。一緒に遊んでくれたことも何度もあったし、お泊まりをしたこともある。母子家庭に育ったミラは、シリウスを本当に兄のように思っていたのだ。一緒に暮らすのもいいかもしれない……しかし。
「いや、俺はあの修行場に住む」
何か決意したような表情で返した。
「そっか……」
ミラは少し寂しそうに目を細めたが、それ以上何も言わなかった。
その後の秘剣修得は順調だった。一の秘剣・魚釣り星をマスターすれば、秘剣のコツをつかむようなものだという。立て続けに使えるようになった。
ミラとスピカはどの秘剣が好きかを話した。
ミラは二の秘剣・螺旋昴を推している。竜巻のように巻き上がる剣閃がかっこいいとのことだ。ちなみに技の名の由来は、おうし座のプレアデス星団の和名・昴からとっている。
スピカが推すのは五の秘剣・錨星だ。七星剣がW字の錨に変形し、文字通り錨のように伸びるのだ。攻撃だけでなく、何かにひっかけてロープのように使うことができる。その汎用性が素晴らしいという。この技の由来は、カシオペア座の和名・錨星である。
「推し秘剣やってー、シリウスー」
ミラが無邪気にお願いする。推し秘剣っておい……。
「あのな、見世物じゃないんだよ」
「私も見たいなあ…」
スピカが少し恥ずかしそうに言った。
(こいつまで……何か調子狂うな)
シリウスは七星剣を変形させた。
「見世物にはできない。師匠に怒られるしな。練習するから勝手に見てな」
いつの間に「じじい」でなく「師匠」って言うようになったのかしら……?
そんなことを思うスピカをよそに、一から六の秘剣を次々に繰り出すシリウス。あの日、初めて使った魚釣り星、アルクトゥルスが得意とする螺旋昴。剣を手槍に変形させ、横三点を突く三の秘剣・三連(みづら)突き。これはオリオン座の中央にある三つの星から着想している。
四の秘剣・破(やれ)十字は、剣や槍に鞭状の七星剣を巻き付け、引っ張って折る。白鳥座をかたどる北十字星からとっている。五の秘剣・錨星の後は六の秘剣だ。これは先ほど修得したらしく、2人とも見るのは初めてだ。
「六の秘剣・釣り鐘星!」
普通の剣の形で斬りかかっただけだ。2人が拍子抜けした瞬間、剣先がくの字に折れ曲がり、斬撃と反対方向を突いた。その軌道がV字型で、おうし座のヒアデス星団の和名・釣り鐘星の形にふさわしい技だった。
「わあ!」
一通りやった後、シリウスは息を深く吐いた。その顔は、盗みをして捕まったときとは違う、晴れやかで精悍なものだ。アルクトゥルスに鍛えられ始めて1カ月が過ぎた。ひたすらに体を鍛え、紫微垣の剣技の修得に打ち込んできた。全身に覇気がみなぎっている。
「シリウス、かっこいいですね。見とれちゃう」
ミラが頬を染めて言った。
「……うん」
スピカも思わず呟いた。見とれている自分に気付いていたが、シリウスを嫌悪していたことを思うと素直に認めたくなかった。
また、スピカは別のことを思い出していた。実は昨日、学舎の男の子から告白されたのだ。顔もかっこよくて勉強もできる、女子からモテる人だ。しかしスピカは断ったのだ。それを知った女子の友達から「何で断ったの!?」と不思議がられた。
「よく知らない人だったから」と言い訳したが、相手が、「君のこと、かわいいから気になっていたんだ」と言ってきたのだ。名士の家に生まれ、裕福な生活を送ってきた。勉強も運動もできるエリートの女の子。相手とも釣り合い取れているし、断る理由なんてなさそうだけど…でも、彼は私の外見のことしか言ってこなかった。正直、恋人という深い関係にはなれそうにないと、何となく思ったのだ。
自分が美貌に恵まれている自覚はあるので、いろいろな男が言い寄ってくる。だから、告白自体は慣れっこで、恋愛について達観しているところがあった。
そんなことがあった数日後、スピカは修行場に来た。ミラとは学舎で合わなかったので1人で来たのだ。
「そういえば1人で来たの、初めてね」
後でアルクトゥルスから聞いたのだが、この日ミラは母親が体調を崩して看病していたという。
修行場に入り込むとシリウスが上半身裸で立っていた。
(え!?)
どぎまぎするスピカ。それに気付いたシリウスは服を着て呼び掛けた。
「スピカ、ちょうどよかった。ちょっと付き合ってくれ」
ミラは祠にお参りした後、港にいるはずのシリウスを探した。
と言っても、見つけるのに時間はかからなかった。幼い頃、2人でよくこの港を訪れて魚釣りをしたからだ。シリウスは、港の外れにある砂浜にいた。
「シリウスー!」
ミラが手をふると、シリウスも手を挙げて答えた。
「やっぱりここだったね」
「ちょうどよかった。ほれ」
シリウスは手に持っていたものをミラに投げた。鮮やかな赤い貝殻だ。
「わあ、きれい!」
「よく集めていたよな、やるよ」
また海に向き直り、釣り竿を垂らす。そっけないが細かいことを覚えていてくれるし、優しい。ミラはシリウスのそんなところが好きなのだ。
(ポラリスを盗んだのだって、私をベテルギウスとリゲルから守るためだったみたいだし。それでも言い訳しないんだよね)
魚を釣り続けるシリウスを見ながら、ミラは言った。
「ねえシリウス。本当に紫微垣になるの?」
「何だ、急に?」
釣れた魚を釣り針から外してバケツに入れる。
「危険な使命だってアルクトゥルスさんが言っていたよ」
確かに。修行も並大抵ではないからその任務の過酷さは想像を絶する。
「まあな。でも学舎は退学になったし、孤児院には帰れないし。もう死んだようなものだから、このまま続けても失うものはないさ」
「うちに来てよ」
ミラが顔を赤らめて言った。
「え?」
「うちだったら1人増えても問題ないよ。私とママしかいないし。貧民街の長屋だからあまりきれいじゃないけどさ」
ミラの母親は幼い頃から知っている。一緒に遊んでくれたことも何度もあったし、お泊まりをしたこともある。母子家庭に育ったミラは、シリウスを本当に兄のように思っていたのだ。一緒に暮らすのもいいかもしれない……しかし。
「いや、俺はあの修行場に住む」
何か決意したような表情で返した。
「そっか……」
ミラは少し寂しそうに目を細めたが、それ以上何も言わなかった。
その後の秘剣修得は順調だった。一の秘剣・魚釣り星をマスターすれば、秘剣のコツをつかむようなものだという。立て続けに使えるようになった。
ミラとスピカはどの秘剣が好きかを話した。
ミラは二の秘剣・螺旋昴を推している。竜巻のように巻き上がる剣閃がかっこいいとのことだ。ちなみに技の名の由来は、おうし座のプレアデス星団の和名・昴からとっている。
スピカが推すのは五の秘剣・錨星だ。七星剣がW字の錨に変形し、文字通り錨のように伸びるのだ。攻撃だけでなく、何かにひっかけてロープのように使うことができる。その汎用性が素晴らしいという。この技の由来は、カシオペア座の和名・錨星である。
「推し秘剣やってー、シリウスー」
ミラが無邪気にお願いする。推し秘剣っておい……。
「あのな、見世物じゃないんだよ」
「私も見たいなあ…」
スピカが少し恥ずかしそうに言った。
(こいつまで……何か調子狂うな)
シリウスは七星剣を変形させた。
「見世物にはできない。師匠に怒られるしな。練習するから勝手に見てな」
いつの間に「じじい」でなく「師匠」って言うようになったのかしら……?
そんなことを思うスピカをよそに、一から六の秘剣を次々に繰り出すシリウス。あの日、初めて使った魚釣り星、アルクトゥルスが得意とする螺旋昴。剣を手槍に変形させ、横三点を突く三の秘剣・三連(みづら)突き。これはオリオン座の中央にある三つの星から着想している。
四の秘剣・破(やれ)十字は、剣や槍に鞭状の七星剣を巻き付け、引っ張って折る。白鳥座をかたどる北十字星からとっている。五の秘剣・錨星の後は六の秘剣だ。これは先ほど修得したらしく、2人とも見るのは初めてだ。
「六の秘剣・釣り鐘星!」
普通の剣の形で斬りかかっただけだ。2人が拍子抜けした瞬間、剣先がくの字に折れ曲がり、斬撃と反対方向を突いた。その軌道がV字型で、おうし座のヒアデス星団の和名・釣り鐘星の形にふさわしい技だった。
「わあ!」
一通りやった後、シリウスは息を深く吐いた。その顔は、盗みをして捕まったときとは違う、晴れやかで精悍なものだ。アルクトゥルスに鍛えられ始めて1カ月が過ぎた。ひたすらに体を鍛え、紫微垣の剣技の修得に打ち込んできた。全身に覇気がみなぎっている。
「シリウス、かっこいいですね。見とれちゃう」
ミラが頬を染めて言った。
「……うん」
スピカも思わず呟いた。見とれている自分に気付いていたが、シリウスを嫌悪していたことを思うと素直に認めたくなかった。
また、スピカは別のことを思い出していた。実は昨日、学舎の男の子から告白されたのだ。顔もかっこよくて勉強もできる、女子からモテる人だ。しかしスピカは断ったのだ。それを知った女子の友達から「何で断ったの!?」と不思議がられた。
「よく知らない人だったから」と言い訳したが、相手が、「君のこと、かわいいから気になっていたんだ」と言ってきたのだ。名士の家に生まれ、裕福な生活を送ってきた。勉強も運動もできるエリートの女の子。相手とも釣り合い取れているし、断る理由なんてなさそうだけど…でも、彼は私の外見のことしか言ってこなかった。正直、恋人という深い関係にはなれそうにないと、何となく思ったのだ。
自分が美貌に恵まれている自覚はあるので、いろいろな男が言い寄ってくる。だから、告白自体は慣れっこで、恋愛について達観しているところがあった。
そんなことがあった数日後、スピカは修行場に来た。ミラとは学舎で合わなかったので1人で来たのだ。
「そういえば1人で来たの、初めてね」
後でアルクトゥルスから聞いたのだが、この日ミラは母親が体調を崩して看病していたという。
修行場に入り込むとシリウスが上半身裸で立っていた。
(え!?)
どぎまぎするスピカ。それに気付いたシリウスは服を着て呼び掛けた。
「スピカ、ちょうどよかった。ちょっと付き合ってくれ」