笑わないで、エミちゃん。
第一話
⚫︎プロローグ、回想
ランドセルを背負った男の子と女の子が対峙している。
(顔は鮮明には見えず、消したい記憶として残っている。場所は、マンションの玄関前)
「笑わないでよ、エミちゃん」
(昔、大好きだった初恋の男の子から言われた言葉。何気ないそのセリフは、まだ幼かった私の心に深く突き刺さって、今も抜けないまま)
「……うん、分かった」
女の子の頬に、一筋の涙が流れる。
(思わずそう、答えてからは。本当に、その通りになってしまった)
○私立桜ヶ丘第一高校、ニ年三組
騒がしい教室内で、一人本を読む主人公・朝日笑美(エミ)。きちんと着られた制服、一括りの黒髪、前髪で隠れた目元、無表情。彼女に話しかけるクラスメイトは誰もいない。
(ニ年生になって担任やクラスが変わっても、私だけが何も変わらない。いつも一人で、机に座って本を読んでるだけ)
(「名前負けしてる」って、陰で笑われているのも知っているけど、どうすることも出来ない。あの日から上手く笑えなくなって、すっかり人付き合いが苦手になってしまった)
クラスメイトA「そういえば、転校生が来るのって今日だっけ」
クラスメイトB「そうそう、めっちゃイケメンらしいじゃん」
クラスメイトC「背が高くて、スタイル良くて、しかも笑顔が超可愛いんだって!」
クラスメイトA「何それ、どこ情報なの」
クラスメイトC「他クラスの友達が、職員室で見かけて話しかけてみたらしいよ」
クラスメイトB「やばい、コミュ力高すぎる」
クラスの女子達の会話を、耳の端で何となく聞いている笑美。楽しそうな雰囲気の中で、自分だけがモノクロに浮いているような感覚。
(転校生、か。そういえば「あの子」も……)
小学校時代の苦い思い出が蘇り、思わず開いた本で顔を隠す笑美。チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。騒がしかった教室内が、さらにザワザワと色めき立つ。
「カッコいい」や「モデルみたい」など女子が小声で言い合っているが、興味のない笑美は本の上に突っ伏したまま。
魚谷「はいはい、分かったから静かにー」
ジャージ姿の男性担任、魚谷拓也が教卓前に立ち軽く手を叩く。その横には、噂の転校生。普段と変わらない朝のホームルームのはずが、彼の存在でまったく違うものに変わる。
魚谷「今日からクラスの一員になる、|東雲君だ」
瑠衣「東雲瑠衣です」
男子にしては少し高めの、聞き取りやすい声。自己紹介で名前を口にした途端、それまで俯いていた笑美が勢い良く顔を上げた。
(瑠衣って、あの子の名前だ……)
【プロローグと同じ、昔の苦い記憶が蘇る】
その瞬間東雲と目が合い、彼の綺麗な黒い瞳がにっこりと優しげに細められる。
瑠衣「これから、どうぞよろしくお願いします」
思わず目を奪われてしまう、愛嬌のある可愛らしい笑顔。スラリと骨ばった背格好と整った綺麗な顔立ち、セットされた焦茶色のマッシュヘア。
(……ただの偶然だよね?だってあの子とは、苗字が違うし)
自分に向けられた気がして、再び下を向く笑美。
(それにあの子は、ルイ君は、あんな風に笑ったりしなかった)
魚谷「この様子なら、すぐ馴染めそうだな。みんな、色々教えてやってくれー」
クラスメイト達「はーい」
主に女子の黄色い声。ニコニコ優しげに笑いながら、瑠衣は笑美から少し離れた後ろの席に着く。俯く彼女の背中を見つめながら、机に頬杖をついて微かに口の端を上げた。
⚫︎放課後、通学路
一日中、極力瑠衣の方を見ないように過ごした笑美。図書館に寄り、薄暗い道を一人で帰っている。
(考えたくないけど、やっぱり「あの」ルイ君なのかな)
突然後ろから肩を叩かれ、驚く。
瑠衣「こんにちは、いや、こんばんは?」
笑美「し、東雲君」
愛想の良い笑顔を浮かべた瑠衣が立っていた。
瑠衣「いつもこんなに帰りが遅いの?確か、部活も習いごとアルバイトもしてないよね?」
笑美「えっ……、あの……」
(突然、何?どうしてこんなところに)
瑠衣「そんなに怖がらないでよ、笑美ちゃん」
笑美ちゃんと呼ばれ、東雲君があの「ルイ君」であると確信する。後退りする笑美と、ゆっくり迫る瑠衣。
瑠衣「せっかく同じクラスになれたのに、笑美ちゃん全然こっち見てくれないんだもん。もしかして気付いてないのかと思ったけど、さすがに違うよね?」
笑美「だ、だって。苗字が違ったから」
瑠衣「ああ、確かに。今は母方の祖父母の戸籍に入ってるんだ」
軽快な口調の瑠衣に、違和感を感じる。
(昔と全然違う。ルイ君は、笑うのが苦手だったのに)
瑠衣はさりげなく笑美を電柱に追いやり、片手で退路を塞ぐ。
瑠衣「そうだよね。昔の俺は、ちょうど今の笑美ちゃんみたいだった」
過去のトラウマが蘇り、身動きが取れない笑美。柔らかな雰囲気を醸し出す瑠衣。
瑠衣「でも、嬉しいな」
笑美「な、何が……」
白くて長い指が、笑美の頬をなぞる。
瑠衣「笑美ちゃんが、俺のことをちゃんと覚えててくれたから」
瑠衣だけが、嬉しそうに笑っていた。
ランドセルを背負った男の子と女の子が対峙している。
(顔は鮮明には見えず、消したい記憶として残っている。場所は、マンションの玄関前)
「笑わないでよ、エミちゃん」
(昔、大好きだった初恋の男の子から言われた言葉。何気ないそのセリフは、まだ幼かった私の心に深く突き刺さって、今も抜けないまま)
「……うん、分かった」
女の子の頬に、一筋の涙が流れる。
(思わずそう、答えてからは。本当に、その通りになってしまった)
○私立桜ヶ丘第一高校、ニ年三組
騒がしい教室内で、一人本を読む主人公・朝日笑美(エミ)。きちんと着られた制服、一括りの黒髪、前髪で隠れた目元、無表情。彼女に話しかけるクラスメイトは誰もいない。
(ニ年生になって担任やクラスが変わっても、私だけが何も変わらない。いつも一人で、机に座って本を読んでるだけ)
(「名前負けしてる」って、陰で笑われているのも知っているけど、どうすることも出来ない。あの日から上手く笑えなくなって、すっかり人付き合いが苦手になってしまった)
クラスメイトA「そういえば、転校生が来るのって今日だっけ」
クラスメイトB「そうそう、めっちゃイケメンらしいじゃん」
クラスメイトC「背が高くて、スタイル良くて、しかも笑顔が超可愛いんだって!」
クラスメイトA「何それ、どこ情報なの」
クラスメイトC「他クラスの友達が、職員室で見かけて話しかけてみたらしいよ」
クラスメイトB「やばい、コミュ力高すぎる」
クラスの女子達の会話を、耳の端で何となく聞いている笑美。楽しそうな雰囲気の中で、自分だけがモノクロに浮いているような感覚。
(転校生、か。そういえば「あの子」も……)
小学校時代の苦い思い出が蘇り、思わず開いた本で顔を隠す笑美。チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。騒がしかった教室内が、さらにザワザワと色めき立つ。
「カッコいい」や「モデルみたい」など女子が小声で言い合っているが、興味のない笑美は本の上に突っ伏したまま。
魚谷「はいはい、分かったから静かにー」
ジャージ姿の男性担任、魚谷拓也が教卓前に立ち軽く手を叩く。その横には、噂の転校生。普段と変わらない朝のホームルームのはずが、彼の存在でまったく違うものに変わる。
魚谷「今日からクラスの一員になる、|東雲君だ」
瑠衣「東雲瑠衣です」
男子にしては少し高めの、聞き取りやすい声。自己紹介で名前を口にした途端、それまで俯いていた笑美が勢い良く顔を上げた。
(瑠衣って、あの子の名前だ……)
【プロローグと同じ、昔の苦い記憶が蘇る】
その瞬間東雲と目が合い、彼の綺麗な黒い瞳がにっこりと優しげに細められる。
瑠衣「これから、どうぞよろしくお願いします」
思わず目を奪われてしまう、愛嬌のある可愛らしい笑顔。スラリと骨ばった背格好と整った綺麗な顔立ち、セットされた焦茶色のマッシュヘア。
(……ただの偶然だよね?だってあの子とは、苗字が違うし)
自分に向けられた気がして、再び下を向く笑美。
(それにあの子は、ルイ君は、あんな風に笑ったりしなかった)
魚谷「この様子なら、すぐ馴染めそうだな。みんな、色々教えてやってくれー」
クラスメイト達「はーい」
主に女子の黄色い声。ニコニコ優しげに笑いながら、瑠衣は笑美から少し離れた後ろの席に着く。俯く彼女の背中を見つめながら、机に頬杖をついて微かに口の端を上げた。
⚫︎放課後、通学路
一日中、極力瑠衣の方を見ないように過ごした笑美。図書館に寄り、薄暗い道を一人で帰っている。
(考えたくないけど、やっぱり「あの」ルイ君なのかな)
突然後ろから肩を叩かれ、驚く。
瑠衣「こんにちは、いや、こんばんは?」
笑美「し、東雲君」
愛想の良い笑顔を浮かべた瑠衣が立っていた。
瑠衣「いつもこんなに帰りが遅いの?確か、部活も習いごとアルバイトもしてないよね?」
笑美「えっ……、あの……」
(突然、何?どうしてこんなところに)
瑠衣「そんなに怖がらないでよ、笑美ちゃん」
笑美ちゃんと呼ばれ、東雲君があの「ルイ君」であると確信する。後退りする笑美と、ゆっくり迫る瑠衣。
瑠衣「せっかく同じクラスになれたのに、笑美ちゃん全然こっち見てくれないんだもん。もしかして気付いてないのかと思ったけど、さすがに違うよね?」
笑美「だ、だって。苗字が違ったから」
瑠衣「ああ、確かに。今は母方の祖父母の戸籍に入ってるんだ」
軽快な口調の瑠衣に、違和感を感じる。
(昔と全然違う。ルイ君は、笑うのが苦手だったのに)
瑠衣はさりげなく笑美を電柱に追いやり、片手で退路を塞ぐ。
瑠衣「そうだよね。昔の俺は、ちょうど今の笑美ちゃんみたいだった」
過去のトラウマが蘇り、身動きが取れない笑美。柔らかな雰囲気を醸し出す瑠衣。
瑠衣「でも、嬉しいな」
笑美「な、何が……」
白くて長い指が、笑美の頬をなぞる。
瑠衣「笑美ちゃんが、俺のことをちゃんと覚えててくれたから」
瑠衣だけが、嬉しそうに笑っていた。