笑わないで、エミちゃん。
第二話
⚫︎朝、自宅マンション
(昨日は、最悪だった)
一人で朝食(簡単なトースト)を摂りながら、瑠衣に捕まったことを思い出して顔をしかめる笑美。
笑美「ホントに、昔とは全然違ってたな……」
目元の隠れた長い髪と、読めない表情。小学校四年生くらいの瑠衣を思い浮かべる。
(ルイ君のせいで、私は笑うのが怖くなったのに)
しかめ面をしながら、結局半分も食べずに席を立った。
⚫︎自宅マンション、玄関前
ガチャ
ドアを開けた瞬間、隣に住む同い年の男の子、栗木笑と出くわす。
笑「お、笑美じゃん。はよ」
笑美「おはよう、笑」
笑「最近暑くね?俺すでに半裸で寝てるわ」
サイドを刈り上げた明るい茶髪と、着崩した制服。近くの男子校に通う笑は、笑美の幼馴染。明るい性格で、誰からも好かれる人気者。
(笑はルカ君と私の事情を詳しくは知らないけど、それでも変わらずに接してくれるんだよな)
人付き合いが苦手になってしまった笑美も、笑とだけは昔と変わらず話せる。
笑「ん?今日なんか元気なくね?」
笑美「そうかな、別に普通」
笑「いや、熱でもあるとか」
笑が何気なく笑美のおでこに触れようと手を伸ばした瞬間、
瑠衣「笑美ちゃん!」
笑美「きゃ……っ」
後ろから現れた瑠衣が、笑美の肩を引いてそれを阻止した。
笑「お前、まさか瑠衣か!?」
驚く笑と、無表情の瑠衣。けれどすぐに、人当たりの良い笑顔に変わる。
瑠衣「久しぶり、笑」
3人は同じマンションの階で、隣同士(笑美の家を挟んで、両サイドが彼ら)。小学校四年生の夏休み明けに瑠衣は引っ越し、最近までは別の人が住んでいた。
笑「ビビった、めっちゃ久しぶりじゃん!てか、なんでここにいんの?」
瑠衣「ああ、戻ってきたんだ。部屋も前と同じ」
笑「マジかよ、すげえ!」
笑は喜びながら、笑の肩に腕を回す。
(昨日はとっさに逃げたから分からなかったけど、まさか部屋もまた隣なんて……)
笑「三人揃うとか、何年振りだよ!なぁ、笑美?」
笑美「……」
暗い顔の笑美に気付いた笑が、再び心配そうな声を出す。
笑「なぁ、笑美。マジで大丈夫か?」
笑美「わ、私……」
瑠衣「大丈夫、俺が一緒に行くから。方向も途中から別だし、笑は先に行ってて」
笑美の言葉を遮る瑠衣。笑はそれなら安心だと、無邪気に手を振りながら去っていった。
笑美「わ、私なら平気だから、東雲君も先に――」
瑠衣「笑の方が良かった?」
瑠衣の冷たい指先が、笑美の前髪をかき上げながら額に触れる。
瑠衣「ちょっと熱いけど、なんで?」
笑美「だから、なんでもないってば!」
顔を背ける笑美、辛そうに眉を寄せる瑠衣。
瑠衣「俺じゃなくて、笑が同じ高校なら良かったね」
笑美「意味の分からないこと、言わないで」
一連の流れが嫌がらせにしか思えない笑美は、冷たい口調と態度を示す。
(どうして、またルイ君に振り回されなくちゃいけないの?)
(昔はただ悲しむだけだったけど、今はもう違う)
笑美「私、歩くの遅いから。先に行ってください」
瑠衣「……そっか、分かった」
目を細めて笑う彼を見て、笑美はなぜか罪悪感に胸が苦しくなる。
瑠衣「笑美ちゃん」
一度前を向いた瑠衣が、ニ、三歩歩いたところで振り返る。
瑠衣「帰ってきちゃって、ごめんね」
(そんな、泣きそうな顔で笑って……)
笑美「泣きたいのは、私の方なのに」
いつの間にか遠く離れた瑠衣の背中に、笑美はぽつりと呟いた。
⚫︎学校の教室、昼休み
クラスメイト女子A「瑠衣君、お昼一緒に食べよう!」
クラスメイト女子B「てか、今日の放課後みんなで遊びに行かない?」
瑠衣の周囲には人だかり、本人はニコニコと笑顔を浮かべながら王子対応。
(……なんだか、居心地が悪い)
笑美は読んでいた本を閉じると、それを手に教室を出る。
(ホントに、ルイ君は変わったな)
瑠衣「エーミちゃん?」
ポン、と後ろから肩を叩かれる。
瑠衣「どこ行くの?お昼まだ食べてないよね?」
笑美「し、東雲君に関係ないでしょ」
瑠衣「ちゃんと食べなきゃダメだって!ほら、行こ!」
瑠衣は明るい声で言うと、強引に手を引く。
⚫︎中庭、ベンチ
瑠衣「ここなら教室から離れてるし、大丈夫かな」
ベンチに並んで座り、瑠衣がお弁当を広げる。
瑠衣「ちょうど多めに作ってきたから、二人で食べようよ」
笑美「これ、東雲君が作ったの?」
美味しそうなそれに、笑美は目を丸くする。
瑠衣「へへ、すごいでしょ?味もなかなかだと思うし」
笑美「い、いや。私はいいよ」
穏やかな雰囲気に流されそうになっているのに気付き、ハッとして首を振る。
瑠衣「いいから、ほら。あーんして?笑美ちゃんの好きな甘い玉子焼きだから」
笑美「ちょっ、いらないってば!」
卵焼きを差し出され、思わず手で押しのける。その拍子に、箸から落ちてしまった。
笑美「あ……、ご、ごめ……っ」
瑠衣「ううん、平気。無理矢理食べさせようとした俺が悪い」
ニコッと笑いながら、瑠衣はそれをティッシュで摘む。
瑠衣「あ、購買でパンとか買ってこようか?今ならまだ間に合いそうだし」
笑美「……なんで、そんなに普通なの?」
今朝といい今といい、優しい態度に戸惑う笑美。
笑美「昔、私のこと嫌いだって言ったのに」
瑠衣「言ってないよ、そんなこと」
瑠衣の顔から、笑顔が消える。
瑠衣「俺は、笑美ちゃんが嫌いだったことなんか、一度もない」
笑美「だ、だって昔あんなこと……!」
瑠衣「……あれは」
(酷いことを言われたのは、私の方なのに!)
瑠衣「ごめん、今さらムシが良すぎるよね」
瑠衣は立ち上がると、朝と同じ泣きそうな笑顔を浮かべる。
瑠衣「それ、良かったら食べて」
笑美「えっ、でも」
瑠衣「いらなかったら、捨てていいから」
瑠衣の背中が寂しげに丸まっていて、笑美はどうしようもない気持ちになる。
笑美(……捨てられるわけ、ないじゃない)
おにぎりの他には玉子焼きがたくさん詰まった弁当箱を、ただ見つめることしか出来なかった。
(昨日は、最悪だった)
一人で朝食(簡単なトースト)を摂りながら、瑠衣に捕まったことを思い出して顔をしかめる笑美。
笑美「ホントに、昔とは全然違ってたな……」
目元の隠れた長い髪と、読めない表情。小学校四年生くらいの瑠衣を思い浮かべる。
(ルイ君のせいで、私は笑うのが怖くなったのに)
しかめ面をしながら、結局半分も食べずに席を立った。
⚫︎自宅マンション、玄関前
ガチャ
ドアを開けた瞬間、隣に住む同い年の男の子、栗木笑と出くわす。
笑「お、笑美じゃん。はよ」
笑美「おはよう、笑」
笑「最近暑くね?俺すでに半裸で寝てるわ」
サイドを刈り上げた明るい茶髪と、着崩した制服。近くの男子校に通う笑は、笑美の幼馴染。明るい性格で、誰からも好かれる人気者。
(笑はルカ君と私の事情を詳しくは知らないけど、それでも変わらずに接してくれるんだよな)
人付き合いが苦手になってしまった笑美も、笑とだけは昔と変わらず話せる。
笑「ん?今日なんか元気なくね?」
笑美「そうかな、別に普通」
笑「いや、熱でもあるとか」
笑が何気なく笑美のおでこに触れようと手を伸ばした瞬間、
瑠衣「笑美ちゃん!」
笑美「きゃ……っ」
後ろから現れた瑠衣が、笑美の肩を引いてそれを阻止した。
笑「お前、まさか瑠衣か!?」
驚く笑と、無表情の瑠衣。けれどすぐに、人当たりの良い笑顔に変わる。
瑠衣「久しぶり、笑」
3人は同じマンションの階で、隣同士(笑美の家を挟んで、両サイドが彼ら)。小学校四年生の夏休み明けに瑠衣は引っ越し、最近までは別の人が住んでいた。
笑「ビビった、めっちゃ久しぶりじゃん!てか、なんでここにいんの?」
瑠衣「ああ、戻ってきたんだ。部屋も前と同じ」
笑「マジかよ、すげえ!」
笑は喜びながら、笑の肩に腕を回す。
(昨日はとっさに逃げたから分からなかったけど、まさか部屋もまた隣なんて……)
笑「三人揃うとか、何年振りだよ!なぁ、笑美?」
笑美「……」
暗い顔の笑美に気付いた笑が、再び心配そうな声を出す。
笑「なぁ、笑美。マジで大丈夫か?」
笑美「わ、私……」
瑠衣「大丈夫、俺が一緒に行くから。方向も途中から別だし、笑は先に行ってて」
笑美の言葉を遮る瑠衣。笑はそれなら安心だと、無邪気に手を振りながら去っていった。
笑美「わ、私なら平気だから、東雲君も先に――」
瑠衣「笑の方が良かった?」
瑠衣の冷たい指先が、笑美の前髪をかき上げながら額に触れる。
瑠衣「ちょっと熱いけど、なんで?」
笑美「だから、なんでもないってば!」
顔を背ける笑美、辛そうに眉を寄せる瑠衣。
瑠衣「俺じゃなくて、笑が同じ高校なら良かったね」
笑美「意味の分からないこと、言わないで」
一連の流れが嫌がらせにしか思えない笑美は、冷たい口調と態度を示す。
(どうして、またルイ君に振り回されなくちゃいけないの?)
(昔はただ悲しむだけだったけど、今はもう違う)
笑美「私、歩くの遅いから。先に行ってください」
瑠衣「……そっか、分かった」
目を細めて笑う彼を見て、笑美はなぜか罪悪感に胸が苦しくなる。
瑠衣「笑美ちゃん」
一度前を向いた瑠衣が、ニ、三歩歩いたところで振り返る。
瑠衣「帰ってきちゃって、ごめんね」
(そんな、泣きそうな顔で笑って……)
笑美「泣きたいのは、私の方なのに」
いつの間にか遠く離れた瑠衣の背中に、笑美はぽつりと呟いた。
⚫︎学校の教室、昼休み
クラスメイト女子A「瑠衣君、お昼一緒に食べよう!」
クラスメイト女子B「てか、今日の放課後みんなで遊びに行かない?」
瑠衣の周囲には人だかり、本人はニコニコと笑顔を浮かべながら王子対応。
(……なんだか、居心地が悪い)
笑美は読んでいた本を閉じると、それを手に教室を出る。
(ホントに、ルイ君は変わったな)
瑠衣「エーミちゃん?」
ポン、と後ろから肩を叩かれる。
瑠衣「どこ行くの?お昼まだ食べてないよね?」
笑美「し、東雲君に関係ないでしょ」
瑠衣「ちゃんと食べなきゃダメだって!ほら、行こ!」
瑠衣は明るい声で言うと、強引に手を引く。
⚫︎中庭、ベンチ
瑠衣「ここなら教室から離れてるし、大丈夫かな」
ベンチに並んで座り、瑠衣がお弁当を広げる。
瑠衣「ちょうど多めに作ってきたから、二人で食べようよ」
笑美「これ、東雲君が作ったの?」
美味しそうなそれに、笑美は目を丸くする。
瑠衣「へへ、すごいでしょ?味もなかなかだと思うし」
笑美「い、いや。私はいいよ」
穏やかな雰囲気に流されそうになっているのに気付き、ハッとして首を振る。
瑠衣「いいから、ほら。あーんして?笑美ちゃんの好きな甘い玉子焼きだから」
笑美「ちょっ、いらないってば!」
卵焼きを差し出され、思わず手で押しのける。その拍子に、箸から落ちてしまった。
笑美「あ……、ご、ごめ……っ」
瑠衣「ううん、平気。無理矢理食べさせようとした俺が悪い」
ニコッと笑いながら、瑠衣はそれをティッシュで摘む。
瑠衣「あ、購買でパンとか買ってこようか?今ならまだ間に合いそうだし」
笑美「……なんで、そんなに普通なの?」
今朝といい今といい、優しい態度に戸惑う笑美。
笑美「昔、私のこと嫌いだって言ったのに」
瑠衣「言ってないよ、そんなこと」
瑠衣の顔から、笑顔が消える。
瑠衣「俺は、笑美ちゃんが嫌いだったことなんか、一度もない」
笑美「だ、だって昔あんなこと……!」
瑠衣「……あれは」
(酷いことを言われたのは、私の方なのに!)
瑠衣「ごめん、今さらムシが良すぎるよね」
瑠衣は立ち上がると、朝と同じ泣きそうな笑顔を浮かべる。
瑠衣「それ、良かったら食べて」
笑美「えっ、でも」
瑠衣「いらなかったら、捨てていいから」
瑠衣の背中が寂しげに丸まっていて、笑美はどうしようもない気持ちになる。
笑美(……捨てられるわけ、ないじゃない)
おにぎりの他には玉子焼きがたくさん詰まった弁当箱を、ただ見つめることしか出来なかった。