笑わないで、エミちゃん。

第四話

⚫︎学校、笑美と瑠衣のクラス

魚谷「全員くじ引いたかー?ちゃんと自分の席確認しとけよー」

 二年になって初めての席替え。それぞれが一喜一憂するなか、笑美は一人で黙々と机を運んでいた。

(別に、近くになりたい人もいないし)

 一番後ろの、奥の窓際。

(目立たず本が読めるのは嬉しいけど、太陽が眩しい日は少し嫌だな)

瑠衣「あ……」

(隣、ルイ君だ)

 一瞬ドキッとする笑美。二人は目が合い、気まずい雰囲気が流れる。

光「あー、いいなぁ朝日さん!瑠衣君のとなり!」

 可愛いと評判の人気者・河合(ヒカル)が、ひょっこり現れて笑美に話しかける。

光「ねぇねぇ、私と席、交換してくれない?」
笑美「あ、私……」

 ニコニコしながら言われ、戸惑う笑美。

(席の交換くらい、一年の時も頼まれたりしたのに)

(なんで、すぐにうんって言えないんだろう)

瑠衣「じゃあ、俺も誰かと替えてもらおうかな?後ろだとずっと寝ちゃいそうだし」
光「ええーっ、なんで!」
クラスメイト男子A「マジ⁉︎俺と替えてよ!」
クラスメイト男子B「いやいや、俺と!」

 瑠衣のひと言で、光の隣になりたい男子達が騒ぎ始める。

魚谷「おーい、お前らうるさいぞー。ちゃんと自分が引いた番号で席替えしろよー」

 魚谷に注意され、瑠衣が笑いながら肩をすくめた。

瑠衣「だってさ。交換は無理そうだね?」
光「むぅ、ざんねーん。私らが隣だったら、絶対毎日楽しいのにね」

 可愛らしく唇を尖らせる光に対し、瑠衣は黙って笑うだけだった。

瑠衣「よろしくね」
笑美「……よろしく」

 お弁当箱を返しにいった日から、結局聞きたかったことは聞けずじまいで、気まずい空気も解消しないまま。このタイミングで隣の席になってしまい、笑美はどういう態度でいればいいのか分からない。

瑠衣「ごめんね、俺が隣で」

 申し訳なさそうに笑う瑠衣を見て、なぜか胸が苦しくなる。

(私はずっと、ルイ君に会いたくないと思ってた)

(ルイ君のせいで、私は笑うのが怖くなったんだから)

(ルイ君だって、私のことが嫌いなんでしょ?)

笑美「……それは、私の台詞だから」

 つい嫌味を言ってしまう笑美、それ以上話したくないと言わんばかりに、本を読むことに集中した。

⚫︎教室、昼休み

光「瑠衣君って、いつもお昼はパンとかコンビニのお弁当とかばっかりだよね?お母さんとか、作ってくれたりしないの?」

 瑠衣の席には数人が集まって騒いでいる。その隣で、笑美は一人で黙々と本を読んでいる。

瑠衣「あー、まぁそんな感じ」
光「でも、買ったものばっかりじゃ栄養偏っちゃうよ?」
瑠衣「食堂でも食べたりしてるし、大丈夫」
光「そーだ、今度私がお弁当作ってきてあげる!」

 光の発言に、他の男子が「俺も!」と騒いでいる。

光「なんのおかずが好き?やっぱ唐揚げとか?」
瑠衣「いや、悪いからいいって」
光「遠慮しなくていいよ、自分の作るついでだし。あ、玉子焼きとかは?だし巻きとかおいしいよね」
クラスメイト女子「私、昔は砂糖入った甘い玉子焼きとか好きだったなー」
光「ええっ、あんなの邪道でしょ!」

 バカにしたように笑う光に、笑美はつい視線を向けてしまう。それに気付いた光が、笑美に話しかけた。

光「あれ?朝日さん、もうお昼たべたの?」
笑美「そういうわけじゃないけど……」
光「もしかしてダイエットとか?えー、そんなに細いんだから、全然必要ないって!」

(ちょっと、なんで急に標的が私に変わるのよ!)

光「ねぇねぇ、朝日さんはお弁当のおかずって何が好き?」

 誰にでも気さくな光は、隣の笑美に向かって人懐こい笑顔を向ける。

笑美「……玉子焼き。甘い味付けの」
光「うそっ、朝日さんって変わってる!」

 光が笑うと、周囲もつられて笑う。

光「そういえば、私朝日さんが笑ってるところって見たことないなぁ」
クラスメイト「俺もないかも」
クラスメイト「そもそも、前髪長くて目元見えてないし」

(無難な答えにしとけば良かった)

 こんな風にからかわれるのには、慣れている笑美。笑わなくなってからは、男子達に面白がられたこともある。

(反応しなければ、そのうち飽きるから)

光「ちょっと前髪とか、上げてみたら?意外と可愛いかもだし」
クラスメイト「それいいね、見せてよ!」

 男子の一人が笑美に向かって手を伸ばす、直前で瑠衣が彼女の手を引いて触らせないように庇う。

光「ちょっと、瑠衣君何してんの⁉︎」
瑠衣「朝日さん、顔色悪いから保健室に連れてくね」

 そのまま、瑠衣は笑美の手を離さないまま教室を出る。直前に「ちなみに俺も、甘い玉子焼きが一番好き」と言いながら、いつもの貼り付けた笑顔を見せた。

⚫︎空き教室

瑠衣「ごめん、とっさに」

 繋いでいた手を離す。
 
笑美「別にいいけど……」

 気まずい空気が流れる。笑美がひと呼吸おいて、顔を上げて瑠衣を見つめる。

笑美「私、瑠衣君が何をしたいのか分からない」
瑠衣「……笑美ちゃんは、俺と関わりたくない?」
笑美「それは……」

 瑠衣が壁にもたれながら、寂しそうに笑う。

瑠衣「聞くまでもないよね。昔あんな酷いこと言った俺なんか、大嫌いに決まってる」
笑美「それは瑠衣君の方でしょ⁉︎私が嫌いだから、あんな――」

 幼い瑠衣に「笑美ちゃんの笑顔なんか見たくない!笑わないで!」と言われた記憶が蘇り、笑美の瞳に涙が浮かぶ。

笑美「言った方は忘れたかもしれないけど、私は今でも忘れられない!しかも次の日にはいなくなって、私がどれだけ傷付いたか、瑠衣君には分からないでしょう⁉︎」
瑠衣「……笑美ちゃん、ごめん」
笑美「なんなの、今さら!」

(頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいのか分からない)

 瑠衣は笑美の涙をシャツの裾で拭いながら、自身も泣きそうな表情を見せた。

瑠衣「それでも、どうしても直接謝りたかった」

瑠衣「あの時はごめんね、笑美ちゃん」

瑠衣「本当は、笑美ちゃんの笑った顔が、大好きだったのに」

 ますます涙を流す笑美を、瑠衣は優しく抱き締める。そのまましばらく、二人は言葉を交わさなかった。
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