捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「……申し訳ございません。そちらに貼りたいのですが」

 シャノンがボードの前に立って求人票を一枚一枚見ていると、背後から声がかけられた。振り返るとそこには、三十歳くらいの男性がいた。

(この格好は……騎士様?)

 茶色の髪に緑色の目を持つ温和そうな男性だが、上着の合わせの隙間から鎧がちらちら見えている。おまけに腰には刀身が短めではあるが剣も下げているので、学者風の見た目ではあるが帯剣を許された騎士であると予想できた。

 彼の手には求人票とおぼしき紙があったので、シャノンは慌てて横に避けた。

「はい、失礼しました」
「どうもありがとう。……お若いお嬢さんのようですが、郊外での勤務に興味がおありですか?」

 ボードに空いているところにぺたりと求人表を貼った男性が話しかけてきたので、シャノンはうなずいた。

「はい。諸事情で家を出ることになりまして、できればここから遠く離れたところで働きたいと思っているのです」
「若い身空で、大変ですね。……ちなみに、お嬢さん。読み書きや計算はできますか?」

 穏やかそうな口調ながら彼の目がきらりと輝いた気がして、シャノンはぴんときた。

(……もしかしてこの方、私を誘っている?)

 下手に答える前にとシャノンが今貼られたばかりの求人票の方に視線をやると、男性は楽しそうに笑った。

「慎重なのはよいことですよ。……そうですね、まずはこちらを見ていただければ」
「はい」

 男性に促されたので、彼が貼ったばかりの求人票を手に取って見る。

「……ランバート辺境伯領・北方騎士団付事務官?」
「はい。前任の事務官が高齢によって退職してから、後任がいなくて。今は私が中継ぎをしているのですが、本業ではないので……」

 ランバート辺境伯領といえば、王国北部一帯を治める辺境伯家の領地だ。王国内の高位貴族としての歴史は比較的浅いしはっきり言って僻地だが、国防という点での要所と言える。

 王国の北には北方地元民たちが暮らしており、大昔には地元民が王国に攻め込むこともあったという。今は辺境伯家が地元民とうまく渡り合っている状態で、地元民との軋轢を起こさないためにも、王国は辺境伯領のことをそこそこ重視しているとか。

(でも、辺境伯家当主の方についての記憶はあまりないわ。確か……少し前に代替わりしていた気がするけれど)

 ただでさえ王都と辺境伯領では片道で馬車半月ほどかかるのに、冬季になると豪雪のために通行が困難になる。簡単に領地と王都を行き来することはできないから、シャノンが辺境伯家当主のことを知らないのも仕方ないことかもしれない。

「あなたは騎士様ですか?」
「はい。申し遅れました、私、北方騎士団所属のディエゴ・グラセスと申します」

 ディエゴと名乗った男性がお辞儀をしたので、シャノンもお辞儀を返す。

「シャノンと申します。……名乗れる家名がなく、失礼します」
「ふむ? ……まあ、それは今はいいでしょう」

 ディエゴはシャノンの姿を上から下まで見てから片眉を上げつつも、求人票の方に視線を戻した。
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