捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「私はランバート辺境伯領で暮らす騎士なのですが、事務官募集の求人など諸用のために王都に来ました。残念ながら辺境伯領民は一般市民階級ではまだ読み書き計算が徹底しておらず、王都であれば事務官になるだけの能力を持った方がいると思ったのです」
「……そう、ですね。王都の識字率は高い方ですし」

 高い方といっても百パーセントではないが、王都で暮らすには最低限の読み書きと金勘定できる能力が必要だ。だからディエゴは事務官として働けるだけの才能を持った人を探すために、はるばる半月の道のりを南下してきたのだろう。

(諸条件は……悪くなさそうね)

 求人票を見ながら、シャノンは考える。

 辺境伯当主が主君となるので、給金は悪くなさそうだ。姉や妹は金貨と銀貨の違いも知らないだろうから、これもお金の価値を教えてくれた先生のおかげだ。

 悪質な雇い主だと勤務先でひどい目に遭うこともあるそうだが、辺境伯家当主ならばそこまで大変なことにはならないはず。

(ただ……北の国、ね)

 王都近郊は温帯だが、ランバート辺境伯領の大半は亜寒帯だ。ただでさえ北部に位置するのに山道を通っていくので高度も高く、秋の終わりから雪が降り始め真冬には表を歩けないほどの豪雪になる日も多いという。

(私は寒いより暑い方が苦手だけれど、だからといって豪雪地帯で知られるランバート辺境伯領の気候に絶対耐えられるかと思ったら……)

 と、そこまで考えてシャノンは、自分がこの求人を受けるつもりでいることに気づいた。
 はっとしてディエゴの方を見ると、彼はにこにこしていた。

「もしかしなくても、興味を持っていただけましたか?」
「えっ? ……ええと、ちょっとだけ」
「それはありがたいです。……私はこれでも人を見る目はある方と自負しておりまして、シャノンさんならうちで働くのに十分だと思いました」
「え、ええと……でも私、事務仕事なんてしたことがなくて」
「それほど難しくはありません。なんなら、今私の介助なくこの求人票の隅から隅まで読み込むことができるくらいの識字能力と、給金の勘定ができるくらいの計算能力があれば十分です」

 どうやら、そこまで見抜かれていたようだ。
 にこやかな男性に見えるが厳しい環境の騎士団に勤めるだけあり、鋭い目を持っているのかもしれない。

(私の価値を見いだしてくれたのなら、すごく嬉しい。……でも)

 ぎゅっと胸のところで拳を固め、付近に自分たち以外の者がいないのを確認してから、シャノンは口を開いた。

「そう言っていただけて、嬉しいです。……でも、私にはもったいなすぎるお話です」
「そうですか?」
「……私、実家を勘当されたのです」

 シャノンが、勘当される前の家名がウィンバリーであること、婚約者に婚約破棄されたことが原因で家から追い出されたことなどを告白する間、ディエゴは眉一つ動かさなかった。
< 11 / 74 >

この作品をシェア

pagetop