捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「……なるほど。おそらくあなたは平民ではないだろうとは思っていましたが、やはり貴族令嬢でしたか」
「分かりましたか?」
「家名なしの平民だというのに、貴族のお辞儀が完璧にできる人はいませんからね。事情がおありなのだろうとは思っていましたが……それは、お辛い思いをされましたね」

 ディエゴが心から労るように言うので、つい胸の奥がじくっと痛んで涙腺が緩みそうになる。

 ――ジャイルズに婚約破棄を告げられたときも暴言を吐かれたときも、勘当を言い渡されたときも。
 シャノンは涙一つ、流さなかった。

 だがそれは悲しくないからではなくて、きっと泣くことができなかったからなのだろう。

 つい十数分前に知り合ったばかりのディエゴなのに……いや、ディエゴだからこそ、シャノンの「悲しい」という気持ちに触れられたのかもしれない。

「……ありがとうございます。ディエゴさんのお言葉、胸に染み入ります」
「それはよかったです。……とまあ、あなたの事情は分かりましたが、だからといって何も問題はありませんよ」

 ディエゴはにっこり笑って言い、シャノンの手からそっと求人票を取ってひらひらさせた。

「実家との関係が何であろうと、人柄がよくて能力があるのなら何も問題ありません。そして私から見たシャノンさんは、うちの事務官として採用するに十分な資質をお持ちです」
「……」
「うちに来ませんか? 冬は寒くて物資にも限りはありますが、いわゆる『嫌なヤツ』はいません。もしあなたに嫌なことをするやつがいたとしても、あなたを採用した責任者として私がそいつをシメ上げますので、大丈夫です」
「あら……ふふふ」

 穏やかそうな見た目にそぐわない物騒なことをさらりと言うものだから、ついシャノンは噴き出してしまった。
 それを見たディエゴは満足そうにうなずき、求人票を差し出してくる。

「細かい契約はのちほどということで……いかがですか? 少なくとも、ご実家よりはずっといい待遇をするとお約束しますよ」
「……分かりました」

 シャノンは手を差し出し、ディエゴから求人票を受け取った。

(……これまで私は、誰かに命じられた道を歩いてきた)

 シャノンが何かを選び取るのは、きっとこれが初めてのこと。

「よろしくお願いします、ディエゴさん」

 ここで判断をしたことを、後悔しないようにしたい。
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