捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
ディエゴとシャノン、それから少年とメイドによる馬車の旅は、当初の予定どおり半月に及んだ。
少年とメイドは身分が低いのか、自ら名乗ることはなかった。だが二人とも辺境伯領の出身で、ディエゴの家に仕える者であることは教えてくれた。
道中の前半は、王国の初秋の景色が美しく感じられる風景が続いた。だが馬車が北に向かうにつれて色彩は失せていき足下の砂は大きめの砂利に変わり、やがて辺りに大きな岩がごろごろする地帯に入った。
その頃になると晴れ続きだった空が曇ることが多くなり、長袖のブラウス一枚では馬車内でも肌寒さを感じるほどになった。寒冷な気候に慣れている三人はともかくシャノンは慣れていないし冬用の服も持っていないので、途中の交易町でコートや厚手のスカート、ブーツなどを購入した。
(お母様。路銀、ありがとうございます)
支払いの際に心の中で母に感謝をしてから、冬用の服に着替える。そうするとやっと、街の間を吹き抜ける寒風に耐えられるようになった。
「北部は、冬の訪れも早いのですよね」
馬車に戻る道中にシャノンが言うと、ディエゴはうなずいた。
「はい。夏は短く、冬が長いのが辺境伯領の一年です。私は辺境伯領でも珍しい王都近郊出身の者なのですが、最初は冬の寒さが堪えました」
「……やはり、寒いですよね」
「最初の冬を無事に越せるかどうかが、肝要ですね。風邪を引くと、肺炎にもなりやすく――」
ディエゴはそこで言葉を切り、それから馬車に着くまでの間は何もしゃべらなかった。
シャノンたちの乗る馬車はやがて、山の一部を削り取りそのまま活用したかのような形の辺境伯城に到着した。
「すごい……!」
「はは、見事でしょう? 王城とは全く違って、いかついですよね?」
窓の外の辺境伯城を見ていたシャノンがつぶやくとディエゴが笑い、少年やメイドも微笑んだ。彼らも、シャノンが辺境伯城に感嘆しているのが嬉しいのかもしれない。
優美で天を衝くような尖塔をたくさん抱えた王城と違い、辺境伯城はまさに要塞という感じだった。建物は低くて土地が広く、高い城壁で辺境伯城一帯を囲まれている。この門の向こうに城や騎士団、お膝元の街があり、敵襲時に門を閉ざしても長期間籠城できるようになっているそうだ。
王都近郊は秋真っ盛りだろうが、この辺りは既に冬の気配が色濃く漂っている。広葉樹はかなりの葉を落としており、街を吹き抜ける風はひんやりとしている。空は今日も曇りで、ディエゴ曰く秋から冬にかけての大半は曇りなのだという。
街を抜けた先にはさらに門があり、ここから先が辺境伯城のエリアになる。
辺境伯城は灰色の石を積んだような形をしており、先ほどディエゴが言ったように「いかつい」造りだった。
馬車は中庭で停まり、シャノンとディエゴだけ降りた。
「じゃあ早速、騎士団棟に行こうか」
「はい。……辺境伯閣下は、まだお留守なのでしたっけ?」
シャノンが問うと、ディエゴは「そのようだね」と言った。
シャノンの記憶どおり辺境伯家は二年ほど前に代替わりしており、現在は二十三歳の若き当主が治めているという。
彼は若くて未熟な面もあるものの城主としての素質は十分で、しかも明るい性格なので城の者たちからも好かれている。若い頃は騎士団にも所属しており武術に堪能で、ディエゴも少年だった頃に指導をしたこともあるそうだ。
だがそんな当主はディエゴが王都に出発するのとほぼ同時期に、北部へ遠征に行った。毎年夏の間に北方地元民のもとを訪れ、今後の打ち合わせをすることになっているそうだ。
その当主はまだ帰ってきていないようなので、帰り次第シャノンも挨拶をすることになっている。
少年とメイドは身分が低いのか、自ら名乗ることはなかった。だが二人とも辺境伯領の出身で、ディエゴの家に仕える者であることは教えてくれた。
道中の前半は、王国の初秋の景色が美しく感じられる風景が続いた。だが馬車が北に向かうにつれて色彩は失せていき足下の砂は大きめの砂利に変わり、やがて辺りに大きな岩がごろごろする地帯に入った。
その頃になると晴れ続きだった空が曇ることが多くなり、長袖のブラウス一枚では馬車内でも肌寒さを感じるほどになった。寒冷な気候に慣れている三人はともかくシャノンは慣れていないし冬用の服も持っていないので、途中の交易町でコートや厚手のスカート、ブーツなどを購入した。
(お母様。路銀、ありがとうございます)
支払いの際に心の中で母に感謝をしてから、冬用の服に着替える。そうするとやっと、街の間を吹き抜ける寒風に耐えられるようになった。
「北部は、冬の訪れも早いのですよね」
馬車に戻る道中にシャノンが言うと、ディエゴはうなずいた。
「はい。夏は短く、冬が長いのが辺境伯領の一年です。私は辺境伯領でも珍しい王都近郊出身の者なのですが、最初は冬の寒さが堪えました」
「……やはり、寒いですよね」
「最初の冬を無事に越せるかどうかが、肝要ですね。風邪を引くと、肺炎にもなりやすく――」
ディエゴはそこで言葉を切り、それから馬車に着くまでの間は何もしゃべらなかった。
シャノンたちの乗る馬車はやがて、山の一部を削り取りそのまま活用したかのような形の辺境伯城に到着した。
「すごい……!」
「はは、見事でしょう? 王城とは全く違って、いかついですよね?」
窓の外の辺境伯城を見ていたシャノンがつぶやくとディエゴが笑い、少年やメイドも微笑んだ。彼らも、シャノンが辺境伯城に感嘆しているのが嬉しいのかもしれない。
優美で天を衝くような尖塔をたくさん抱えた王城と違い、辺境伯城はまさに要塞という感じだった。建物は低くて土地が広く、高い城壁で辺境伯城一帯を囲まれている。この門の向こうに城や騎士団、お膝元の街があり、敵襲時に門を閉ざしても長期間籠城できるようになっているそうだ。
王都近郊は秋真っ盛りだろうが、この辺りは既に冬の気配が色濃く漂っている。広葉樹はかなりの葉を落としており、街を吹き抜ける風はひんやりとしている。空は今日も曇りで、ディエゴ曰く秋から冬にかけての大半は曇りなのだという。
街を抜けた先にはさらに門があり、ここから先が辺境伯城のエリアになる。
辺境伯城は灰色の石を積んだような形をしており、先ほどディエゴが言ったように「いかつい」造りだった。
馬車は中庭で停まり、シャノンとディエゴだけ降りた。
「じゃあ早速、騎士団棟に行こうか」
「はい。……辺境伯閣下は、まだお留守なのでしたっけ?」
シャノンが問うと、ディエゴは「そのようだね」と言った。
シャノンの記憶どおり辺境伯家は二年ほど前に代替わりしており、現在は二十三歳の若き当主が治めているという。
彼は若くて未熟な面もあるものの城主としての素質は十分で、しかも明るい性格なので城の者たちからも好かれている。若い頃は騎士団にも所属しており武術に堪能で、ディエゴも少年だった頃に指導をしたこともあるそうだ。
だがそんな当主はディエゴが王都に出発するのとほぼ同時期に、北部へ遠征に行った。毎年夏の間に北方地元民のもとを訪れ、今後の打ち合わせをすることになっているそうだ。
その当主はまだ帰ってきていないようなので、帰り次第シャノンも挨拶をすることになっている。