捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
ランバート辺境伯城北方騎士団棟に騎士として勤める者たちは、男女合わせて三十二人。
騎士団としてはかなり小規模だがこれはあくまでもランバート辺境伯から正騎士の称号を与えられた者たちの人数であり、見習いなどの数を含めるとかなりのものになる。
そして彼らの能力についてディエゴがさらっと「若干馬鹿」と言っていたように、総じて識字計算能力や読解力は高くない。
ディエゴのようによそから来た者や辺境伯家に近しい者などはともかく、一般の騎士や見習い、使用人たちでは自分の名前の読み書きがやっとの者――それも、字として認識しているというよりは形として覚えている――も多く、両手の指よりも多い数の計算ができない者もざらにいる。
そんな北方騎士団にも、事務仕事は存在する。数百年前の統合により王国領になったのだから、騎士団運営に関する資料を国に提出する必要があるし、未来のためにも記録を残しておくべきだ。
だが報告書を書けるほどの学力を持つ者はほとんどおらず、長年事務官を務めた高齢男性が引退してからはディエゴがなんとかしていた。だがディエゴとて大量の文字を読んだり書いたりするのは得意ではないし、彼の本業にも障りが生じる。
そういうことで、家庭教師の教育のたまものにより読み書き計算ができ、王国の地理や歴史なども広く学んでいるシャノンは北方騎士団の事務官として最適だった。
ここではシャノンの、婚約破棄されたでかい元令嬢という負の肩書きが一切影響しないというのも大きい。
シャノンには、騎士団棟の一等地が私室として与えられた。
最初ディエゴは女性騎士たちと同じ階にある空き部屋をあてがおうとしたが、女性騎士たちの方が「あんな納屋のような場所に、こんな細いお嬢さんをぶち込むなんて!」「隙間風で風邪を引いちゃうわ!」と反論し、ディエゴ本人もシャノンの様子を見て部屋を替えるべきだと判断したらしい。
その日のうちにシャノンの部屋は、棟の真ん中にあり一番日当たりがいい場所に変更となった。
部屋の内装も最初はベッドとクローゼット、デスクと椅子くらいだけだった。だがここで男性騎士たちが何やら気合いを入れて、シャノンのための新しいソファや大きなベッドを買って運び込んでくれた。
その他にも、洗濯係の女性たちが余り物のキルトを縫い合わせてふかふかのベッドカバーを作ってくれたり、厨房係の男性がかわいいくまのぬいぐるみを買ってくれたりした。
ぬいぐるみに至ってはもはや子ども扱いだが、不思議と嫌だとは思わなかった。
騎士団棟の皆のおかげで、最初は空っぽだったシャノンの部屋にはものの二日ほどで新品の家具が揃い、毛皮のマットやかわいい柄のカーテン、各種ぬいぐるみや女性向けの食器などが集まることになった。
(こんなに目をかけてもらえたの、初めてだわ……)
資源に限りのある北部では珍しいという、銀の水差しが置かれた棚を見ながらシャノンは思う。
実家ではいつも、シャノンは三番手だった。かわいいものはかわいい姉に、おしゃれなものはおしゃれな妹に与えられ、「どっちでもない、どうでもいい」ものがシャノンに与えられた。
母の最低限の配慮のおかげか食事を抜かれるとか汚れたドレスを着せられるとか、そういうことはなかった。だが何をするにしてもシャノンは優先順位が最下位で、新しいものやきれいなものは姉妹に優先して与えられた。
仕方がない、と思っていた。
でかいだけのシャノンを無理に飾るより、かわいい姉やスタイルのいい妹を飾った方が、見返りも大きい。
ウィンバリー子爵家は資産に余裕がある方だったがそれでも、抑えられる出費は抑えたいというのが両親の考えだったのだろうし、その気持ちはシャノンだって分かってしまったのだから。
だからこそ。
子どもの頃に与えられなかったかわいい柄のカーテンや、ふかふかのぬいぐるみ、おしゃれな食器や手作り感溢れるカバーなどをもらえたことが、嬉しかった。
ものをもらえたこと以上に、誰かがシャノンのことを気にかけてくれることが、シャノンを慰めてくれた。
(しっかり、頑張ろう)
自分の顔が映り込むほど磨かれた水差しを見つめ、うん、とうなずく。
皆が無条件に与えてくれた思いやりに、シャノンは働きによって報いるのみだ。
騎士団としてはかなり小規模だがこれはあくまでもランバート辺境伯から正騎士の称号を与えられた者たちの人数であり、見習いなどの数を含めるとかなりのものになる。
そして彼らの能力についてディエゴがさらっと「若干馬鹿」と言っていたように、総じて識字計算能力や読解力は高くない。
ディエゴのようによそから来た者や辺境伯家に近しい者などはともかく、一般の騎士や見習い、使用人たちでは自分の名前の読み書きがやっとの者――それも、字として認識しているというよりは形として覚えている――も多く、両手の指よりも多い数の計算ができない者もざらにいる。
そんな北方騎士団にも、事務仕事は存在する。数百年前の統合により王国領になったのだから、騎士団運営に関する資料を国に提出する必要があるし、未来のためにも記録を残しておくべきだ。
だが報告書を書けるほどの学力を持つ者はほとんどおらず、長年事務官を務めた高齢男性が引退してからはディエゴがなんとかしていた。だがディエゴとて大量の文字を読んだり書いたりするのは得意ではないし、彼の本業にも障りが生じる。
そういうことで、家庭教師の教育のたまものにより読み書き計算ができ、王国の地理や歴史なども広く学んでいるシャノンは北方騎士団の事務官として最適だった。
ここではシャノンの、婚約破棄されたでかい元令嬢という負の肩書きが一切影響しないというのも大きい。
シャノンには、騎士団棟の一等地が私室として与えられた。
最初ディエゴは女性騎士たちと同じ階にある空き部屋をあてがおうとしたが、女性騎士たちの方が「あんな納屋のような場所に、こんな細いお嬢さんをぶち込むなんて!」「隙間風で風邪を引いちゃうわ!」と反論し、ディエゴ本人もシャノンの様子を見て部屋を替えるべきだと判断したらしい。
その日のうちにシャノンの部屋は、棟の真ん中にあり一番日当たりがいい場所に変更となった。
部屋の内装も最初はベッドとクローゼット、デスクと椅子くらいだけだった。だがここで男性騎士たちが何やら気合いを入れて、シャノンのための新しいソファや大きなベッドを買って運び込んでくれた。
その他にも、洗濯係の女性たちが余り物のキルトを縫い合わせてふかふかのベッドカバーを作ってくれたり、厨房係の男性がかわいいくまのぬいぐるみを買ってくれたりした。
ぬいぐるみに至ってはもはや子ども扱いだが、不思議と嫌だとは思わなかった。
騎士団棟の皆のおかげで、最初は空っぽだったシャノンの部屋にはものの二日ほどで新品の家具が揃い、毛皮のマットやかわいい柄のカーテン、各種ぬいぐるみや女性向けの食器などが集まることになった。
(こんなに目をかけてもらえたの、初めてだわ……)
資源に限りのある北部では珍しいという、銀の水差しが置かれた棚を見ながらシャノンは思う。
実家ではいつも、シャノンは三番手だった。かわいいものはかわいい姉に、おしゃれなものはおしゃれな妹に与えられ、「どっちでもない、どうでもいい」ものがシャノンに与えられた。
母の最低限の配慮のおかげか食事を抜かれるとか汚れたドレスを着せられるとか、そういうことはなかった。だが何をするにしてもシャノンは優先順位が最下位で、新しいものやきれいなものは姉妹に優先して与えられた。
仕方がない、と思っていた。
でかいだけのシャノンを無理に飾るより、かわいい姉やスタイルのいい妹を飾った方が、見返りも大きい。
ウィンバリー子爵家は資産に余裕がある方だったがそれでも、抑えられる出費は抑えたいというのが両親の考えだったのだろうし、その気持ちはシャノンだって分かってしまったのだから。
だからこそ。
子どもの頃に与えられなかったかわいい柄のカーテンや、ふかふかのぬいぐるみ、おしゃれな食器や手作り感溢れるカバーなどをもらえたことが、嬉しかった。
ものをもらえたこと以上に、誰かがシャノンのことを気にかけてくれることが、シャノンを慰めてくれた。
(しっかり、頑張ろう)
自分の顔が映り込むほど磨かれた水差しを見つめ、うん、とうなずく。
皆が無条件に与えてくれた思いやりに、シャノンは働きによって報いるのみだ。