捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「あの……」
「……妖精? いや、天使か……?」

 シャノンが声をかけたことで我に返ったのか、青年は小声でつぶやいたのちに一歩室内に足を踏み入れ、そしてどう声をかけたものかと迷うシャノンの前にひざまずいた。

「えっ?」
「これは、失礼しました。……まさかこのような場所で、あなたのような可憐なご令嬢にお会いできるとは思っておりませんでした」
「えと……?」
「私は、エルドレッド・ランバートと申します。……もしかして、我が城で道に迷われたのでしょうか?」
「えっ!? あなたが、ランバート辺境伯閣下ですか!?」

 何やら勘違いされているようだがそれよりも気になることがあってシャノンが問うと、ひざまずいた格好のまま顔を上げた青年――ランバート辺境伯エルドレッドは微笑んだ。

「さようでございます、美しい方。……こちらは、騎士団棟付事務官の部屋です。私のような無骨な男の手で申し訳ございませんが、外までご案内します」

(う、美しい方!?)

 生まれて初めてそんなことを言われて、シャノンの頬にがっと熱が昇った。

 でかい、かわいげがない、という言葉なら飽きるほど聞かされたが、「美しい」なんて形容詞を使われるのは初めてだ。

「え、あ、あの……」
「おや、照れてらっしゃるのですか? 顔を真っ赤にして、なんとも愛らしい――」
「……あっ! 閣下!」

 恥ずかしいやら何やらで言葉に詰まるシャノンと、そんなシャノンを見て笑みを深くするエルドレッド。

 そんな二人の間に割って入った声の主は廊下から走ってきて、ぜえぜえと息をつきながら部屋に飛び込んできた。

「ディエゴさん!」
「ん? なんだ、ディエゴか。おまえの部屋にご令嬢が迷い込んでいた。きちんと鍵をかけておけよ」

 振り返ったエルドレッドがつまらなそうに言うと、ドアに手をかけて息を整えていたディエゴが「ああ、もう!」と悲鳴を上げた。

「迷い込んだのではありません! 彼女は、新人事務官です!」
「……は?」
「彼女のことも話そうとしたのに、先に一人で行ってしまったでしょう! 私は逃げも隠れもしないのですから、もっと落ち着いてください!」

 おそらく十歳ほど年上だろうディエゴに叱られているが、エルドレッドはまだきょとんとしている。
 そしてその場から立ち上がった彼はディエゴからシャノンへと視線を動かし、「えっ?」と声を上げた。
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