捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
 騎士団付の事務官であるシャノンが本城に足を踏み入れる機会は、ほとんどない。だが今回のように書類を執事に提出する必要があるときにはこちらから出向く必要があるので、前回ディエゴに一緒に来てもらい道を覚えさせられたのだ。

 シャノンのコーラルピンクの制服は本城でも認知されているようで、通り過ぎる人たちはシャノンを見て一瞬意外そうな顔をしてから、制服を見て納得したような表情になった。

 騎士団棟でもそうだったが本城においても、シャノンの体の小ささは目立つ。北方の人間は高身長で骨格も大きめであるため、女性でもシャノンより背が高い人がざらにいる。

 本城の廊下は結構複雑になっていて、シャノンが念のために通りがかった官僚らしき男性に道を問うたところ、丁寧に教えてくれた。

 礼を言うと、「お仕事ご苦労様です」と笑顔で言われたし、その後ですれ違った高齢男性たちからは「彼女が、噂の」「かわいらしいお嬢さんだな」という声が聞こえてきた。

(本当に、王都で『壁』扱いされていたのが嘘みたいだわ……)

 環境が違えば、同じ人間でもこれほどまで周りからの印象が変わるものなのだろうか。

 なんとなく面はゆい気持ちになって髪をいじりつつ、シャノンは執事の執務室に向かう。
 執事や家政婦長などは上級使用人にあたるため、一人一つずつの個室だけでなく執務室まで与えられている。さらに辺境伯城は土地が広く部屋数も多いからか、執事たちは自分の側近候補を隣の部屋に住まわせて、仕事を教えたり身の回りの世話をさせたりするそうだ。

「失礼します、ホイル様。騎士団付事務官のシャノンでございます」
「シャノンですか。お入りなさい」

 ドアをノックして名乗ると、穏やかな声が返ってきた。そうしてドアを開けて一礼したシャノンを、高齢男性が迎えてくれた。

 ゴードン・ホイルは、辺境伯家に仕える執事だ。エルドレッドと同じく彼もまた北方系ではなくて王国系の名前であるのは、出身が王国貴族の名家だからだとされている。

 エルドレッドの父親が子どもの頃から従者として辺境伯家に仕えていたという彼はシャノンを見て微笑み、差し出した書類を受け取り丁寧に確認した。

「相変わらず、美しい字ですね。ディエゴ・グラセスが王都で雇ったということですが、元貴族だけあり十分な実力をお持ちですね」
「もったいないお言葉でございます、ありがとうございます。以後も精進いたします」
「謙虚なところも、大変よろしい。……決して悪いことではないのですが、我らが主君のエルドレッド様はどうにも落ち着きのない方で。少しはあなたを見習ってほしいくらいですね」
「俺がなんだって?」

 ふいに後ろから声がしたので、シャノンはぎょっとして飛び上がってしまった。その弾みで、空になった書類ケースを取り落としそうになり。

「おっと!」

 後ろから太い腕が伸びてきて、シャノンの手から離れそうになったケースをしっかり握ってくれた。シャノンが両手で持たないと安定しないケースだが、片手でひょいと持たれている。

「っ……これは、失礼した。シャノンだったか」
「えっ、閣下?」

 書類ケースのことで頭がいっぱいになっていたシャノンが振り向くと、そこにはエルドレッドがいた。
 ……それも、かなり近い距離に。

 エルドレッドはシャノンの背後に立ち左腕を伸ばして書類ケースをキャッチしてくれたので前傾姿勢になっており、普段はドア枠の上部に触れそうなほど高身長な彼のご尊顔が、シャノンのすぐ脇にあった。

(わっ!? 距離、近いっ……!?)

「あっ……ご、ごめんなさい!」
「え? ああ、いや、気にしないでくれ。ほら、これ」

 シャノンがざっと距離を取ると、エルドレッドは少し照れたような表情でケースを渡してくれた。
 それを両手で受け取って胸に抱き込み、遅れて頬が熱くなってくる。

(格好悪いところをお見せしてしまった……!)
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