捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「あの、申し訳ございません。後ろにいらっしゃるとは思わなくて……」
「いや、私こそすまない。てっきりゴードンがディエゴあたりと話しているのだと思って、無遠慮に近づいてしまった」
エルドレッドは大きな手を振ってそう言い、にやにやしながらこちらを見ている執事に気づいてひくっと頬を引きつらせた。
「……ゴードン、さてはシャノンの前で私の悪口を言っていたな?」
「さて、何のことでしょうか? 私はただ、シャノンの謙虚なところを褒めただけですが?」
「確かにシャノンは慎ましいところが非常に好ましい……が、おまえ、絶対に私と比べただろう」
「記憶にございませんねぇ……」
執事は小さく笑ってからシャノンを見て、「ああ、そうです」とわざとらしい声を上げた。
「シャノンの用事も終わりましたし、エルドレッド様が騎士団棟に送って差し上げたらいかがですか?」
「えっ、そんな、申し訳ないです! 閣下もご多忙でしょうし!」
すぐさまシャノンは言うが、執事は微笑みを絶やすことなく首を横に振った。
「いえ、実はエルドレッド様は暇なときは暇なのです。それに、辺境伯城で一番の新人であるシャノンは今後のことも考えて、エルドレッド様と懇意にしていただきたいと思っているのですよ」
「ゴードン!」
何やら焦った様子でエルドレッドが言うが、シャノンははっとした。
(今後のこと……。そうね、永年雇用してもらうには、主君と懇意にしておくべきだわ!)
決して媚びを売るとか、そういうことは考えていない。
だがエルドレッドの中のシャノンが貴族崩れの得体の知れない女のままであるよりは、どんな人柄の人間であるのか知ってもらった方がいい。
(私も元といえど貴族なのだから、閣下と共通の話題が見つかるかもしれないし……)
よし、とシャノンはエルドレッドの顔を見上げた。
「閣下、もしよろしかったら付き合っていただけませんか?」
「だからおまえは昔から、私のことを――すまない、シャノン。今、なんと?」
執事に何やら言い返していた様子のエルドレッドは、シャノンが何か言っているのに気づかなかったようだ。
シャノンとエルドレッドとでは二十センチ以上の身長差がありそうだから、小声だと彼のもとまで声が届かないのかもしれない。
「閣下にとって煩わしくなければ、お城の案内も兼ねて付き合っていただきたいのです」
だから、シャノンはしっかりと顔を上げてエルドレッドの方を見て、はっきりとしゃべった。
今度はきちんとエルドレッドの耳に届いたようで、彼はしばし黙ったのちに「えっ」と少し弾んだような声を上げた。
「いいのか? いやもちろん、煩わしいなんてとんでもない! あなたのようなかわいい人をエスコートできるなんて、むしろ私の方からお願いしたいくらいだ」
「エスコートなんて。私はもう、ただの平民ですよ」
「身分の問題ではなくて、男として麗しい女性の手を引きたいという気持ちの問題だ。……さあ、お手をどうぞ、シャノン」
エルドレッドは少し気障っぽく言って、右手を差し出してきた。
まるで舞踏会のファーストダンスの誘いをする貴公子かのような姿に、くすぐったいような気持ちになってくる。
「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
そっと握られた手は、シャノンのそれよりも一回り以上大きくて、温かかった。
「いや、私こそすまない。てっきりゴードンがディエゴあたりと話しているのだと思って、無遠慮に近づいてしまった」
エルドレッドは大きな手を振ってそう言い、にやにやしながらこちらを見ている執事に気づいてひくっと頬を引きつらせた。
「……ゴードン、さてはシャノンの前で私の悪口を言っていたな?」
「さて、何のことでしょうか? 私はただ、シャノンの謙虚なところを褒めただけですが?」
「確かにシャノンは慎ましいところが非常に好ましい……が、おまえ、絶対に私と比べただろう」
「記憶にございませんねぇ……」
執事は小さく笑ってからシャノンを見て、「ああ、そうです」とわざとらしい声を上げた。
「シャノンの用事も終わりましたし、エルドレッド様が騎士団棟に送って差し上げたらいかがですか?」
「えっ、そんな、申し訳ないです! 閣下もご多忙でしょうし!」
すぐさまシャノンは言うが、執事は微笑みを絶やすことなく首を横に振った。
「いえ、実はエルドレッド様は暇なときは暇なのです。それに、辺境伯城で一番の新人であるシャノンは今後のことも考えて、エルドレッド様と懇意にしていただきたいと思っているのですよ」
「ゴードン!」
何やら焦った様子でエルドレッドが言うが、シャノンははっとした。
(今後のこと……。そうね、永年雇用してもらうには、主君と懇意にしておくべきだわ!)
決して媚びを売るとか、そういうことは考えていない。
だがエルドレッドの中のシャノンが貴族崩れの得体の知れない女のままであるよりは、どんな人柄の人間であるのか知ってもらった方がいい。
(私も元といえど貴族なのだから、閣下と共通の話題が見つかるかもしれないし……)
よし、とシャノンはエルドレッドの顔を見上げた。
「閣下、もしよろしかったら付き合っていただけませんか?」
「だからおまえは昔から、私のことを――すまない、シャノン。今、なんと?」
執事に何やら言い返していた様子のエルドレッドは、シャノンが何か言っているのに気づかなかったようだ。
シャノンとエルドレッドとでは二十センチ以上の身長差がありそうだから、小声だと彼のもとまで声が届かないのかもしれない。
「閣下にとって煩わしくなければ、お城の案内も兼ねて付き合っていただきたいのです」
だから、シャノンはしっかりと顔を上げてエルドレッドの方を見て、はっきりとしゃべった。
今度はきちんとエルドレッドの耳に届いたようで、彼はしばし黙ったのちに「えっ」と少し弾んだような声を上げた。
「いいのか? いやもちろん、煩わしいなんてとんでもない! あなたのようなかわいい人をエスコートできるなんて、むしろ私の方からお願いしたいくらいだ」
「エスコートなんて。私はもう、ただの平民ですよ」
「身分の問題ではなくて、男として麗しい女性の手を引きたいという気持ちの問題だ。……さあ、お手をどうぞ、シャノン」
エルドレッドは少し気障っぽく言って、右手を差し出してきた。
まるで舞踏会のファーストダンスの誘いをする貴公子かのような姿に、くすぐったいような気持ちになってくる。
「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
そっと握られた手は、シャノンのそれよりも一回り以上大きくて、温かかった。