捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
 執事の執務室を出たシャノンたちは、騎士団棟につながる渡り廊下の方につま先を向けた。

「では、行こうか。……もし私が歩くのが速ければ、すぐに言ってくれ。無論、言われることのないように気をつけるが」
「いえ、滅相もございません。お気遣いくださり、ありがとうございます」

 エルドレッドが言うのでシャノンが礼を述べると、彼はこちらを見て小さく笑った。

 そうして歩きだしたのだが、身長も脚の長さも違うというのに、シャノンがエルドレッドに手を引っ張られることも急いで歩かなければならないこともなかった。

(歩幅、合わせてくださっているのね……)

 これだけ身長差があれば最適な歩行速度も違うはずなのに、エルドレッドはシャノンに合わせてゆっくり歩いてくれるのだ。彼一人だと、もっとさっさと歩けるのに。

「すみません、閣下。私、歩くのが遅くて」
「なに、身長のことを考えると当然のことだ。男として、エスコートする女性を置いていくことなどあってはならない。それに……」

 そこでエルドレッドはますます歩調を緩め、ちょうど二人の横にあった窓の方を見やった。

「……こうしてゆっくり歩くと、普段見慣れているはずの城の風景も違ったように思われて、新鮮だ」
「……そうなのですか?」
「私も、あなたと一緒に歩いて初めて気づいた。……そういえばこの城は雪国特有の構造をしているのだが、知っているか?」

 エルドレッドがどこか試すような口調で問うてきたので、シャノンは自信を持ってうなずいた。

(このことなら、ディエゴさんやラウハたちから教わっているわ!)

「はい。冬季の積雪に耐えるために屋根を平らにして、雪が滑り落ちるように庇が急角度になっています。また建物の壁は実は二重構造になっていて、冷気を遮断する役目を果たしてもいるそうですね」
「よく学んでいるな。そのとおり、民家だけでなく城も、冬の寒さや雪から身を守るための特殊な構造になっている。……では、城の内部が入り組んだ構造になっており天井が低い理由は?」
「……あ、いえ。それはまだ」

 つい口ごもるシャノンをエルドレッドは穏やかな表情で見つめ、天井を指さした。

「この城は元々北方地元民からの襲撃を防ぐために造られたため、籠城戦に向いた構造になっている。天井が低くて通路が狭いのも、大軍に攻め込まれないようにするための工夫だ」
「……構造はともかく、天井の低さも関係しているのですか?」
「ああ、そうだ。北方地元民は昔から、縦に長い兜などを装着している。だから敵の行動を制限するために、こういう造りになっているというわけだ」
「なるほど……!」

 それは、北方地元民の風習を知らないシャノンにとっては目新しい情報だった。

「そういう歴史があったのですね! ……あっ、あそこにいくつか棒が立っていますね。あれはなぜですか?」

 気になったことはついでに聞いてしまおうと思い、シャノンは城の中庭にぽつぽつと立つ棒を指で示した。

「あれらはいずれも、水路の脇に立っているだろう? 雪が積もって水路が隠されてしまったとき、うっかり踏み込んで水路に落ちないための目印だ。雪が降る中で水路に落ちると、その後の発見が遅れがちでな……」

 そう言うエルドレッドの声が少し暗いので、かつて水路絡みで大きな事故があったのかもしれない。

「なるほど。それじゃあ私も雪が降る時季になったら、あの棒を目印に気をつけますね!」
「そうしてくれ。……他に、気になることは?」
「それじゃあ……あそこにある段差は、意味があるのですか? 私、前あそこを通ったときに躓いて転びそうになって」
「……あれは、特に意味のない段差だ。私たちにとってはなんてことないものだが……そうか、シャノンには障害になるか。すぐさま取り除こう」
「あ、ありがとうございます」
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