捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
 シャノンは、ウィンバリー子爵家の元令嬢だと名乗った。

 ウィンバリー子爵家に三人の娘がいるのはなんとなく知っていたが、そこの次女が勘当処分を受けて身分を失い、生計を立てるために辺境伯家に流れ着いていたとは思わなかった。

 そこでツテを頼って調べたところ、シャノンが実家から勘当されたのは婚約者の男から婚約破棄を告げられたことにあり――その原因が彼女の高身長と骨格であるということが分かった。

(高身長と、骨格? 確かに、他の貴族令嬢はもっと華奢だが……)

 王都では小柄で細身の女性が好かれる傾向にあるそうだが、二メートル近い身長と木の幹のごとき胸囲を持つエルドレッドからすると、触れるのも躊躇われるような存在だ。
 間違いなく自分が標準よりでかすぎるのが問題なのだが、小さな女性は恋愛対象にするのはおろか、近寄ることさえはばかられてしまう。

 だがシャノンは少なくとも、近寄るのが怖いと思うような存在ではなかった。
 辺境伯領の恰幅のいい女性たちに慣れてしまったために小柄には思えるが、弱々しくはない。
 すっと伸びた背筋は美しくて、実家から追い出されようと強く生きる背中は頼もしい。それでいて春の妖精のような可憐さも持ち合わせているのだから、もはや最強である。

(その元婚約者の男は、見る目がないな。……いや、もし見る目があったらシャノンがここに来ることはなかったのか……)

 ならば、見る目がなくてよかったのかもしれない。感謝状の一つでも送るべきだろうか。

 とはいえ、婚約破棄された娘を慰めるどころか勘当するなんて、彼女の実家もしれたものだ。
 ディエゴの情報によると、彼女の母だけは最低限の路銀を持たせてくれたそうだが、父や姉妹については救いようもないという。

(若い身空でこんな極寒の地にやってきて、帰る家もない。……彼女にとってここが新しい故郷になってくれればいいのだが……いやもちろん、下心などはなく)

 自分で自分に言い訳しながら、エルドレッドは城内を歩いていた。

 城の者から聞くシャノンの評価は、おおむね良好だ。王都からやってきた謎の多い新人事務官だが働き者で、何よりも小さくてかわいい。

 既に彼女は騎士団の女性たちの妹分としてかわいがられているようだし、男性騎士たちからもかわいい存在として愛でられている。
 騎士の中には、かわいらしいシャノンが提出書類の不備について怒ってくる姿に興奮する者もいるらしい。
 ……今度の練習試合で、ぶちのめす必要がありそうだ。

 見習い騎士たちからは「きれいなお姉さん」として憧れの眼差しを向けられ、城の下働きの者からは娘や孫のようにかわいがられる。そんな彼女は城を歩いているだけでお菓子をもらうので、不思議そうに首を傾げている姿も見られるとか。

(皆の気持ちも分かる。シャノンはかわいらしいし……この城は、かわいいものに飢えている)

 なんといってもここは、王国北端の僻地だ。北方地元民との混血も多いため人々は総じて体格がよく、それは子どもも例外ではない。

 王都であれば人形や子犬、子猫などかわいいものがたくさんあるが、この地域で作られる人形は総じて……リアルすぎてやや不気味なところがあり、愛でるのにはあまり向いていない。
 猫はほとんど見られず寒さに強い犬ならいるが、それも大型犬ばかりだ。子犬となるとかわいいが、あっという間に「小さくてかわいい」とは言えないサイズになってしまう。

 シャノン本人はそれほど自覚していないようだが、もう既に彼女は辺境伯城のアイドル的な存在になっている。
 彼女に触れていいのは親しい女性騎士たちだけで、他の者は原則お触り禁止。遠くからその姿を愛でるのがよしとされる、まさにこの領地に笑顔と春を運ぶ妖精のような存在だ。
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