捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
 シャノンを騎士団棟まで送り届けて、エルドレッドはゴードンのもとに戻った。

「戻ったぞ、ゴードン」
「おかえりなさいませ。……憧れのシャノンとのデート、とても楽しかったようですね」
「デ、デートなどではない。紳士として当然のことをしただけだ」

 どうやら自分の弛んだ表情と気持ちは執事には筒抜けだったようで、ふっとからかうような眼差しを向けられたため、エルドレッドは咳払いをした。

「だがまあ、提案してくれたおまえには感謝している」
「それはようございました。……何かあればいつでも、この老いぼれを頼ってくださいませ」
「……次はないように頑張る」

 エルドレッドはそれだけ言うと背を向けて、歩きだした。

 ゴードンの部屋から離れて、すれ違った使用人たちが頭を下げたので鷹揚に手を振って応え、今日の執務についての報告をしてきた書記官と少し話をして――執務室に到着して一人きりになった彼は革張りの椅子に腰かけ、深い深いため息をついた。

「シャノン……とてもかわいらしかった……」

 思い出すのは、先ほどのゴードンの部屋から騎士団棟事務官室までの道のり。

 最初こそ緊張している様子だったシャノンも、エルドレッドが城の構造や歴史について教えていくうちにだんだん肩の力を抜き、あれは何、これは何、と自分から聞いてくれるようになった。

 エスコートを申し出たときには小さすぎて壊したらどうしようかと思ったシャノンの手だが、話をしているうちに熱が入ったのか彼女の方からぎゅっと握ってくれるようになった。
 その力は元貴族令嬢にしては強い方だと思えてどこか安心する反面、暴力などとは無縁の世界で育ったことが分かる優しい握力に、庇護欲がそそられた。

『ありがとうございました、閣下。……ご一緒できて、嬉しかったです』

 はにかんでお礼を言われたとき、本日二回目の頭ちゅどーんとなった。

 今すぐこのかわいい人を抱きしめて自室に連れ込みたいと思いつつもそんな欲望をねじ伏せ、紳士の笑顔で応じることができた自分は、本当に偉いと思う。

「……いや、待てよ。今の俺、気持ち悪くないか?」

 ふと、頭の片隅で冷静な自分が囁いたため、デスクの上で頭を抱えていたエルドレッドははっと我に返った。

 ディエゴたちと違い、エルドレッドは夏から初秋にかけて北方に行っていたこともありシャノンとの初対面が遅れてしまった。彼女とまともに顔を合わせたのも、今日でやっと二回目だ。

(それなのに、こんなにかわいいかわいいと思ったり、部屋に連れて行きたいと思うのって……気持ち、悪いんじゃないか……?)

 そうだ、以前テルヒが、「会って間もないのに好意をだだ漏れにする男、きんもーい!」と言っていたではないか。
 周りにいたラウハやエリサベトも、「分かる分かる、性欲だだ漏れ男ってキモいよねぇ!」「関係が構築されていないのに好き好き言われてもキモいだけなのに、分かってないわよね」と言っていたではないか。

 それを聞いていたときのエルドレッドは、「初対面で性欲丸出しなんて、紳士にあるまじきことだ」と彼女らの持論にどちらかというと賛成だった。

(だが、今の俺はまさにその「キモい」男なのではないか……!?)

 ラウハが言っていた「性欲だだ漏れ」までではないと信じたいが、シャノンの方がどう思っているかは分からない。
 彼女は実家で冷遇されていたとはいえ貴族の生まれで、優しい人だ。だから今日もエルドレッドを立てるためにお世辞を言いつつも、心の中では「こいつキモい」と思っていたかもしれない。

 シャノンのあの小さな唇から「キモい」なんて言われたら、エルドレッドは辺境伯城の塔から身を投げるかもしれない。エルドレッドは頑丈だしこの城は全体的に背が低いので、身投げしても軽傷で済むかもしれないが。
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