捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
(恋? これが……社交界で皆がよく言う、恋というやつなのか?)

 だがよくよく考えてみると、シャノンのことをかわいいだけでなくそばにいてほしいと思うくらいなのだから、これがいわゆる恋なのではないかと思わされた。

「っ……だめだろうか? やはり、まともに顔を合わせるのが二回目だというのにそう思うのは、『キモい』だろうか?」
「それだけで『キモい』とは思いません。一目惚れなんて、よくある話です。そこから結婚につながるのもおかしな話ではありません」
「……父上と母上は、共通の趣味があってそこから恋に発展したと聞いているが」
「そういうパターンもある、というくらいです。いいのではないですか、見た目から始まった恋でも」

 ディエゴは、やれやれとばかりに年下の主君を見下ろす。

「とはいえ、シャノンを勧誘した私から申し上げますと……彼女は元令嬢で、今は平民の階級。閣下が関係を求めた際、断れる立場ではないのだということは重々お知りおきください。そんなことがあれば、私は彼女をここに連れてきたことを一生後悔します」
「ああ、もちろんだ」

 伏せ気味になっていたエルドレッドは顔を上げて、きっぱりと言った。

 シャノンにそばにいてほしい、もっと彼女のことを知りたい、愛でたいとは思うが、そこにシャノンの気持ちが伴わないのならばこの気持ちを封じるつもりでいる。

 そうであるべきだと分かっているし……もしエルドレッドが無体を働こうものなら、城中にいるシャノンのファンたちがエルドレッドを袋だたきにするだろう。
 特に、ラウハたち女性騎士三人組。彼女らは躊躇うことなく、エルドレッドを半殺しにするに違いない。

「シャノンに無理強いをさせたり悲しませたりはしない」
「よいと思います。……まあ少なくとも閣下は女性に無体を働くタイプではないと思いますし、シャノンもあなたに優しくされるのはまんざらでもないと思うはずです」
「そうか!」
「まあ、何事もほどほどにしてください。きちんと仕事をした上で誠意をもった恋をするのなら、誰も何も申しませんよ」
「分かった、そうする!」

 ゴーサインをもらったエルドレッドはほくほくの笑顔でディエゴを見送り、一人きりになった執務室で天を仰いだ。

(シャノン……どうやら俺は、君に恋をしているようだ)

 辺境伯夫人に求められるのは、極寒の地でも生きていける体力と貴族としてのたしなみ、そして跡継ぎを産める体だ。
 身も蓋もない話だが、合計出生率が決して高いとは言えない北の国では、美しいだけで病弱な姫君などはあまり求められない。

 だがシャノンなら。
 北国の人間と比べると華奢ではあるものの決してひ弱ではなく、賢く、城の者たちからの人気を集めるだけの魅力がある彼女が、エルドレッドの申し出に対してうなずいてくれるのであれば。

「……まずは、この冬を無事に越せたらいいのだが」

 エルドレッドは、窓の外を見た。
 重苦しく広がる曇天は、もうすぐやってくる雪の季節を示唆しているかのようだった。
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