捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる

薪置き場でのひととき

 ランバート辺境伯領の冬の訪れは、早い。

 王都近郊であれば秋の終わりからぼちぼち冬支度を始めれば十分だったし、多少の雪は降るものの外出が困難になるとか交通が麻痺するとかいう規模の積雪になることは滅多にない。なったとしても、王都の備蓄は十分なので飢えることもない。

 だが王都よりむしろ北方地元民の地域に近いランバート辺境伯領は、秋の中頃から寒風が吹き付けてくる。そして王都ではまだ木々が紅葉しているだろう頃には広葉樹の葉が全て落ち、間もなく雪が降り始める。

 辺境伯領の冬は、長い。

 長い冬を越すために、人々は秋の間にしっかりと備蓄を行う。そして用事がない限りは表に出なくてもいいようにして、この間は辺境伯城周辺の街も活気が失せる。
 だが街の家のほとんどには地下通路があり、そこを通った先にある地下広場で歓談をしたり飲み食いをしたりするので、人の交流が絶えることはなかった。

 といってもそれは平民のことで、北方騎士団は雪の中だろうと仕事がある。むしろ、雪の季節に騎士団の本領発揮となることも多い。

「では、日没までには帰ってくる。シャノンは、部屋を暖めて待っていてくれ」
「かしこまりました。皆様、いってらっしゃいませ」

 雪降る騎士団棟の中庭にて、深紅の衣装を纏った騎士たちが整列している。彼らの肩や頭にも雪が積もっているが、特に誰も気にした様子はない。

 積雪期になってから、皆は冬用の衣装になっていた。雪国で暮らしたことのないシャノンが、騎士たちのブーツが底が平べったい皿のようになっているのを初めて見たときは、不良品かと思ってしまった。

 通常のブーツで雪の上を歩くと足が雪の中に埋まり、歩行困難になる。また凍った雪の上だと滑りやすくなるため、あの底面が皿のような形をした靴を履くことで雪に埋まったり滑ったりするのを防ぐという。

 雪の日も見回りはあるし、山岳部には獣が出没したりする。ユキオオカミと呼ばれる真っ白な毛皮を持つ凶暴な狼が特に脅威とされ、人里に下りてくることもある。そういった獣と戦ったり山に追い返したりするのも、北方騎士団の仕事であった。

(狼なんて、図鑑で見たことがあるくらいだわ……)

 雪の中、手を振りながら去っていく騎士たちを見送り、シャノンははあっと息を吐き出した。騎士たちは鎧の上に防寒コートを着ているくらいだったが、シャノンは上から下までもこもこだ。

 辺境伯領の真冬は、刺すような冷えに苛まれるという。そこでラウハたちの助言を参考にしつつ秋のうちに特注の防寒着を仕立ててもらった。
 それだけでなく、「女の子は、お腹を守るべきよ!」ということで、ふかふかの腹巻きも装着している。格好よくはないが、腹部を冷やすと将来妊娠出産する際にも障りが生じる可能性があると言われたので、分厚いものを購入した。

 騎士たちの大半が出払った騎士団棟は、静かだ。今回居残り組になった者たちと、同行者に選ばれなかった騎士見習いたちの姿をちらほら見かけるくらいだ。そんな彼らも暇なのではなくて、城内の雪かきをしながら体力作りをしたりと、鍛錬と仕事に余念がない。

(今日の薪運びは、私一人でやろう)

 普段は誰かの手を借りるが、いつまでも甘えているわけにはいかない。それに、皆には皆の仕事がある。重かろうと手が汚れようと、シャノン一人でできることはしたかった。
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