捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
いつも通う薪置き場は、ちょうど人気もなかった。雪で薪が湿ると使い物にならなくなるので、冬の間は鍵付きの倉庫の中に積まれている。
(何回か往復すれば十分な量を持っていけるし、運動にもなるわよね)
鍵を借りて中に入り、どんと積まれた薪を前にしばし考え込む。一度にたくさん運べたら効率はいいが、途中で取り落とすかもしれない。それくらいなら、少量を運んでいく方がいいだろう。
薪は男性使用人によって小さめに割られた後、紐で縛られている。この縛られた状態のひとかたまりで薪二十本分くらいはあり、シャノンが両腕でなんとか抱えられるほどだ。
運ぶ途中で紐が解けてバラバラと足下に薪が落ちる絶望を想像するとやはり、一束ずつ運びたいところだ。
「……おや、そこにいるのは騎士団棟の天使殿かな?」
「えっ?」
後ろから明るい声がしたので振り返ると、薪置き場の入り口にエルドレッドの姿があった。
秋の間は騎士団制服に似たジャケット姿だった彼も、さすがに毛皮のコートを着ている。それでも体格のよさや胸や腰の太さがよく分かるのだから、筋肉はすごい。
「ごきげんよう、閣下」
「ごきげんよう。こんな暗がりで、誰が何をしているのかと思ったら。もしかしてそれらを運ぶつもりか?」
「はい。騎士団の皆様が外勤務中で、帰ってきたときに暖炉の薪が切れないようにしたいので」
「素晴らしい心がけだ。だが、あなたの体では運ぶのも大変だろう。私が代わりにしよう」
「いいえ、私がします」
シャノンはきっぱりと言った。
エルドレッドとは、しばしば顔を合わせて言葉を交わす仲になっていた。辺境伯家当主とおしゃべりなんてとんでもない……と思う人はこの城にはおらず、シャノンに限らず他の騎士や使用人も、エルドレッドと気さくに話をしている。
エルドレッドだけでなく、城の人たちは皆シャノンに対してやや過保護だ。彼らの中でのシャノンは小柄でか弱い女の子で、ちょっと転べば大量出血で死ぬとでも思われているのではないだろうか。
(でも私だってやるときはやるし、閣下の手を煩わせるなんてとんでもない!)
「私だって、ひとかたまり分くらいは持てます! というか、持てないといけないと思うのです」
「なぜ、持てないといけないんだ? ここらの薪は確かに小さく割られ持ち運びがしやすいように紐でまとめているが、その基準は北国の人間だ。私たちにとってはなんてことない大きさのものでも、あなたが持てば体を痛めるかもしれない」
エルドレッドは、心からそう言ってくれているのだろう。シャノンが万が一にでも怪我をしたりしないように、先回りをしてくれている。
その気遣いは、嬉しい。だが――
「……私は確かに皆様よりは体が小さいけれど、何もできない子どもじゃありません。……いえ、この地域では子どもでも、薪運びを手伝いますよね?」
「それはそうだが、あなたの本業は事務だろう?」
「……私が、自分の力で運びたいんです。ほら、そうすればディエゴさんたちが帰ってきたときに、ちょっとだけ達成感がありますし……私だって辺境伯領で暮らす人間なんですから、少しは強くなりたいですし……」
なんとかエルドレッドを納得させようと言い訳を募っていると、ふいにエルドレッドが顔を背けた。
「……健気でかわいすぎる」
「えっ?」
「いや、何でもない。あなたがそこまで言うのなら、あなたの仕事を奪うのはやめておこう」
何やら言われた気もするがその後の言葉にすっかり意識を奪われてしまったシャノンは、ぱっと表情を緩めてうなずいた。
(何回か往復すれば十分な量を持っていけるし、運動にもなるわよね)
鍵を借りて中に入り、どんと積まれた薪を前にしばし考え込む。一度にたくさん運べたら効率はいいが、途中で取り落とすかもしれない。それくらいなら、少量を運んでいく方がいいだろう。
薪は男性使用人によって小さめに割られた後、紐で縛られている。この縛られた状態のひとかたまりで薪二十本分くらいはあり、シャノンが両腕でなんとか抱えられるほどだ。
運ぶ途中で紐が解けてバラバラと足下に薪が落ちる絶望を想像するとやはり、一束ずつ運びたいところだ。
「……おや、そこにいるのは騎士団棟の天使殿かな?」
「えっ?」
後ろから明るい声がしたので振り返ると、薪置き場の入り口にエルドレッドの姿があった。
秋の間は騎士団制服に似たジャケット姿だった彼も、さすがに毛皮のコートを着ている。それでも体格のよさや胸や腰の太さがよく分かるのだから、筋肉はすごい。
「ごきげんよう、閣下」
「ごきげんよう。こんな暗がりで、誰が何をしているのかと思ったら。もしかしてそれらを運ぶつもりか?」
「はい。騎士団の皆様が外勤務中で、帰ってきたときに暖炉の薪が切れないようにしたいので」
「素晴らしい心がけだ。だが、あなたの体では運ぶのも大変だろう。私が代わりにしよう」
「いいえ、私がします」
シャノンはきっぱりと言った。
エルドレッドとは、しばしば顔を合わせて言葉を交わす仲になっていた。辺境伯家当主とおしゃべりなんてとんでもない……と思う人はこの城にはおらず、シャノンに限らず他の騎士や使用人も、エルドレッドと気さくに話をしている。
エルドレッドだけでなく、城の人たちは皆シャノンに対してやや過保護だ。彼らの中でのシャノンは小柄でか弱い女の子で、ちょっと転べば大量出血で死ぬとでも思われているのではないだろうか。
(でも私だってやるときはやるし、閣下の手を煩わせるなんてとんでもない!)
「私だって、ひとかたまり分くらいは持てます! というか、持てないといけないと思うのです」
「なぜ、持てないといけないんだ? ここらの薪は確かに小さく割られ持ち運びがしやすいように紐でまとめているが、その基準は北国の人間だ。私たちにとってはなんてことない大きさのものでも、あなたが持てば体を痛めるかもしれない」
エルドレッドは、心からそう言ってくれているのだろう。シャノンが万が一にでも怪我をしたりしないように、先回りをしてくれている。
その気遣いは、嬉しい。だが――
「……私は確かに皆様よりは体が小さいけれど、何もできない子どもじゃありません。……いえ、この地域では子どもでも、薪運びを手伝いますよね?」
「それはそうだが、あなたの本業は事務だろう?」
「……私が、自分の力で運びたいんです。ほら、そうすればディエゴさんたちが帰ってきたときに、ちょっとだけ達成感がありますし……私だって辺境伯領で暮らす人間なんですから、少しは強くなりたいですし……」
なんとかエルドレッドを納得させようと言い訳を募っていると、ふいにエルドレッドが顔を背けた。
「……健気でかわいすぎる」
「えっ?」
「いや、何でもない。あなたがそこまで言うのなら、あなたの仕事を奪うのはやめておこう」
何やら言われた気もするがその後の言葉にすっかり意識を奪われてしまったシャノンは、ぱっと表情を緩めてうなずいた。