捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
 こほんと咳払いをして、シャノンはジャイルズに近づく。

「落ち着いて、ジャイルズ。まずは場所を移動――」
「そうやって話をすり替えるつもりか! いつもそうだ! おまえは自分がでかくて不細工なのを棚に上げて、俺にばかり責任をなすりつける! 今日だって、おまえが悋気を起こさなければよかったんだろう!」
「……悋気も何も、あなたが待ち合わせの約束を破ったのが問題でしょう」
「何だと!?」

 シャノンの正論が気に食わなかったようでジャイルズはますますかっとなり、それを見た周りの客たちがひそひそ話を始める。

 ……公爵家のパーティーで揉めごとを起こした、子爵令嬢と男爵令息。
 これがもっと高位の貴族の男女であれば皆の反応も違っただろうが、シャノンたちに浴びせられるのは「下位貴族のくせに」という呆れたような眼差し。

 他人のことを馬鹿扱いするのはよくないと分かっていても、正直ジャイルズのことは馬鹿だと思っていた。シャノンと同じ二十一歳なのに、精神年齢がやけに低いとは思っていた。

 だが、これほどの馬鹿だとは思っていなかった。

「いいか! 俺はそもそも、おまえみたいなでかい女との結婚なんて御免被りたかったんだ! おまえの両親がうちに融資するって言うから仕方なくもらってやろうと思ったのに、おまえは謙遜することも俺を立てることもしない!」
「謙遜って……」
「おまえのような『壁令嬢』を隣に置かなければならない俺の気持ちなんて、分かっていないだろう! おまえと婚約してから、俺は馬鹿にされっぱなしだ! まるで男のような体格の女と結婚なんて、考えただけで反吐が出そうだ! 今日まで我慢してやったことを、感謝してほしいくらいだな!」

 ぎゃあぎゃあわめくジャイルズを、シャノンは信じられない気持ちで見ていた。人間、驚きが頂点に達すると妙に冷静になれるようだ。

(……確かに、私は身長が高くて体格も大きい。だから、ジャイルズを困らせないように気をつけてきた)

 靴はヒールがないものを選び、身長がかさ増しされないように髪型にも気をつけて、今流行のアップスタイルではなくて一昔前の下ろすヘアスタイルにしていた。

 淡い色合いは膨張色だと言われたから、趣味ではないものの体の線が少しでも細く見えるように黒や濃い赤などのドレスを着てきた。

 猫背になるのは避けたくてもせめてデートのときだけはと、背中を丸めたり膝を折ったりしてジャイルズが気を悪くならないようにした。

 シャノンは、頑張った。
 自分にできる形でこの体格をフォローしようとしてきた。

 だが。

「……私の体格がいいのはもちろんだけれど、あなたが貧相なのも問題でしょう」

 つい、うっかり、ぽろりとそんなことを言ってしまった。

 いつか結婚するのだから、こんな自分でももらってくれるのだからと、ジャイルズのことを悪く思わない、言わないようにしてきた。

 だが、そんな配慮さえ吹っ飛んでしまう。
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