捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる

気づいてしまったもの

 今年は例年と比べてユキオオカミの動きがおかしい、という知らせが回ったのは、真冬のある日のことだった。

 多くの変温動物と違って真冬に一番動きが活発になる、王国北部にのみ生息するユキオオカミ。
 ときには人里に下りて人間を襲うこともあるが、そうならないために獣除けのバリケードを立てたり道を塞いだりしている。

 人を襲うとなったら駆除するしかないが、ランバート地方はユキオオカミの乱獲を推奨していない。彼らもまた雪国で暮らす生き物なのだから、できる限り共存したいと考えている。

 そのために北方騎士団は冬季にユキオオカミなど野生動物を山に追い返すこともしているのだが、そのときに役に立つのが例年の行動データだ。

(言われてみると確かに、これまでとは動きが違うわ……)

 騎士団棟事務官室にて、シャノンは先ほど書記官から渡された情報をもとに地図に書き込みをしながら、今年のユキオオカミの異変について学んでいた。

 人間とユキオオカミの不要な接触や殺生を避けるため、群れがどこに棲んでおりどう動くかを毎年記録している。それらの文字データは本城の書記官室にあるが、騎士たちの活動に向けて地図に書き込んだものは騎士団棟事務官室保管となっている。

 前回のものはディエゴ、それ以前のものは前任の高齢事務官が書き込んだという印が、地図に散らばっている。それらは去年以前はほぼ同じ傾向が見られるのに、今年は例年とは違う配置になっていた。

(ラウハたちも、「いると思ったらいないし、いないと思ったらいる」って言っていたわね)

 先日、今年のユキオオカミの行動ルートを調査しに行ったラウハたちは、怒ったり困ったり焦ったりしていた。彼女らもある程度の目星をつけて調査に行くから、「いると思ったらいないし、いないと思ったらいる」のはさぞ大変だろう。

 ユキオオカミは春に出産して、夏の間に子育てをする。冬の間は雌が妊娠していることが多いので、自分のつがいを守るために雄が凶暴になる。冬に人間を襲うユキオオカミは、ほぼ間違いなく雄だ。

 春から夏にかけて見られるユキオオカミは雌が多く、子どもを守るために凶暴化する。
 だが雄と雌とでは体の大きさが格段に違うので、暖かい時季に見かけるユキオオカミの雌は騎士一人で十分戦えるが、冬の雄、しかも吹雪の中となると人間が圧倒的に不利になり、五人がかりで一頭と戦っても返り討ちにされることもあるとか。

 だから、ユキオオカミの動きが例年と違うというのは騎士団としても看過できないものだ。人間とユキオオカミ両方に甚大な被害が出る前に、原因を突き止める必要がある。
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