捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「今私が質問しているのだから、私の方を向いてほしい」
「ひえっ」
「シャノン。私がユキオオカミの調査に行くから、心配してくれているのか?」

 先ほどと同じ質問を繰り返されるが、妙にその低い声に甘さが乗っている気がする。
 基本的にエルドレッドがシャノンに対するときの口調は優しいが、今はいつもとは比べものにならないほどのトッピングがされているかのように思われた。

(なっ、どういうこと!?)

「あ、あの……」
「あなたはディエゴやラウハたちが出立するときには、堂々とした態度で見送っていたという。だが今は、心配してくれているということでいいのだな?」

 なぜ、堂々とした態度だったと分かるのだろうか。見送りのとき、近くにエルドレッドはいなかったはずだが。

 そんな疑問が頭をかすめたものの、エルドレッドに答えを急かされているためシャノンは渋々口を開いた。

「それは……もちろん、閣下はランバート辺境伯家の当主様ですから。決してディエゴさんたちのことを軽んじるつもりはないのですが……閣下にもしものことがあれば、皆が悲しむでしょう」
「……その『皆』の中に、シャノンも入っているのだな?」
「当然です! それに、閣下はご結婚もまだでしょう。辺境伯家の後継者もお生まれになっていないのですから、誰よりも御身を大事にしていただかなければ」
「えっ」

 シャノンは臣下として当然の諌言をしたつもりだが、なぜかエルドレッドはものすごく驚いた顔になった。彼の背後で、ディエゴが「あちゃー」みたいなポーズをしている。

 シャノンにぐいぐい迫っていたエルドレッドはさっと距離を取り、口元を手で覆って黙り込んでしまった。青色の目が見開かれており、大きな手の隙間から見える頬はほんのりと赤い。

「シャノン……そこまで考えてくれていたのか?」
「臣下として当然です」
「そうか。……そうか。それはもしかしなくても、シャノ――んんっ!?」

 何か言いかけたエルドレッドの背中に、スパーン! とディエゴによる丸めた地図の一撃が決まった。その地図は長期間保存用なのだが、大丈夫なのだろうか。

 部下の突っ込みを受けたエルドレッドが衝撃で沈黙している隙に、二人の間にディエゴが割って入った。

「あー、すまない、シャノン。閣下はシャノンが心配してくれていることが嬉しいあまり、少し混乱されているようだな」
「そんなことがあるのですか……?」
「あるんだよ。とにかくまあ、君の心配はありがたいが無用だ。ご本人も言われていたように、閣下はお強い。それに君が思っている以上に聡明な方だから、ヘマもしないさ」
「ディエゴ、おまえというやつは……」

 エルドレッドはディエゴを恨めしげに見たが主君のそんな視線もものともせず、ディエゴはとんっとエルドレッドの背中を叩いた。

「そういうことで、これから私は閣下たちと一緒に作戦会議を開く。シャノンは通常業務に戻ってくれ」
「あっ、はい」

 視線で「早く行きなさい」と促されたので、シャノンは会釈をして二人の前を通り過ぎた。 休憩室を出てしばらくして、室内から「邪魔をするな!」「あのまま放っておいてショックを受けるのはシャノンの方でしょう」と主従が言い合いをする声が聞こえてきた。
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