捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「あなた、体を鍛えるのはしんどいから嫌だ、と言っていたけれど……少しは鍛えた方がよかったんじゃないの? 筋肉、なさすぎだもの」
「なっ……」

 ジャイルズが、絶句する。
 そして――

 ……んふっ、という笑い声が、どこからともなく聞こえてきた。

 周りで様子を見ていたパーティー客たちが、ふふ、くすくす……と笑い始める。「確かに」「それもそうよね」と、声が聞こえてくる。

 ジャイルズは、男性の平均よりやや小柄だ。
 それについては生まれついての体格なのだから、シャノンはなんとも思わない。だが彼はあれこれ言い訳をして、鍛錬や運動から逃げていた。

 そういうことで、ジャイルズは同世代の貴族男子に比べて身長が低ければ筋肉も少ない。モヤシのように頼りない体つきではあるが、逃げずに体を鍛えていれば話は違っただろう。

 身長はともかく、体格はどうにでもなった。シャノンのように大を小にすることはできなくても、小を大にすることはできたのに……それから逃げたのは、ジャイルズ自身だった。そんな自分を棚に上げて婚約者をあげつらうのは、ジャイルズの方だ。

(……あ、なんだかちょっとすっきりしたかも)

 これまで散々体格のことを貶されてきたシャノンが、ジャイルズの体格のことで言い返すのは性格が悪いことかもしれない。
 だがこれから先も永遠に罵倒され続けるよりは、性悪女だと思われても言い返した方が後腐れがないと思われた。

 ジャイルズはしばし真っ赤な顔で硬直していたが、自分が周りの者たちから嘲られていることに気づいたようで、「ふざけるな!」「覚えていろ!」と分かりやすい負け犬の台詞を吐きながら逃げていった。
 ……その途中、足を滑らせて派手に横転して皆の爆笑を誘っていたが、シャノンは淑女の情けで笑わないでやった。

 諸悪の根元が逃げていったからか、楽団が再び曲を奏で始めた。まだシャノンの方をちらちらと見る者はいるが、なんとか元のパーティーに戻りそうだ。

(……でも)

 ちら、と見ると、鬼の形相でこちらに走ってくる父の姿が。
 どうやら、シャノンの方は「元の」とおりにはいかないようだ。
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