捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
 出発の日は案の定悪天候で、かなり吹雪いているため出発式は中庭ではなくて本城のホールで行われることになった。場所が狭いので同席できる者も少なく、シャノンはなんとかその中に入れてもらえた。

「皆様の無事を祈っております。どうかこちらをお持ちください」

 出発前の騎士たち一人一人に声をかけてお守りを渡すと、皆嬉しそうに受け取ってくれた。
 ラウハたち女性騎士たちは「絶対に帰ってくるからね!」と強く抱きしめてくれたし、中年の正騎士たちは「俺たちの癒やしのシャノンちゃんのためにも、絶対に帰ってくる」と言ってくれた。
 見習い騎士たちは皆緊張の面持ちで、シャノンがお守りを渡すと涙ぐみながら大切そうに鎧の内側に入れていた。

 少し離れたところに、ディエゴがいた。彼が話をしている女性はきっと、奥方だろう。足下には四歳ほどと見える少女もいた。
 ディエゴは娘をぎゅっと抱きしめ妻の頬にキスをしてから、こちらにやってきた。

「これは、シャノン。見送りありがとう」
「皆様の出立を見守られること、嬉しく思います。……どうぞ、こちらを。皆様にも配っております」

 そう言ってディエゴの目の色と同じ緑色の布地に茶色の糸で文様を刺繍したお守りを差し出すと、彼は驚いた顔をしてから照れたようにはにかみ、そっとそれを受け取ってくれた。

「……君が最近仕事終わりにすぐに部屋にこもっているとは聞いていたけれども、これを作ってくれていたのか。ありがとう、シャノン」
「ご武運を、ディエゴさん」

 ディエゴが右手を差し出したので、シャノンは彼としっかり握手をした。

 なおこのお守りに恋愛的な意味は一切ないのでディエゴの妻の前でも堂々と渡せたし、妻もシャノンの方にわざわざ来て、「いつも主人がお世話になっております。お守り、ありがとうございます」と言ってくれた。

(最後に、閣下の分も……)

 本当は最初に渡したかったのだが、さすが辺境伯家当主の周りにはずっと人だかりがあり、なかなか会いに行けそうになかった。

 そのため最後になってしまったのだが、ちょうど彼の周りの人が途切れたところだった。エルドレッドもまた周囲を見回し、シャノンを見つけたようでこちらをじっと見ている。

(……き、緊張する)

 お守りの入ったポシェットのベルトをぎゅっと握り、ばくばくと鳴る心臓を少しでもなだめようとする。

 エルドレッドは多忙で、あの意味深発言事件以来彼と話す機会が一度も訪れなかった。
 エルドレッドへの恋を自覚して、彼が何を言おうとしたのか気になりつつも、シャノンにはシャノンでやるべきことがあったのでそちらに集中した。
 そして……とうとう、エルドレッドにもお守りを渡すときが来た。

(頑張れ、私! 恋とか結婚とかは置いておいて、今は臣下、騎士団棟付事務官としてそつなく挨拶とお守りのプレゼントができればいいのよ……!)

 何か期待するかのようにこちらを見るエルドレッドの方に足を進め、彼の正面で立ち止まる。
 今日の彼は鎧の上に防寒着も着ているので、いつもよりさらに体が大きく見えた。
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