捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「あの……閣下」
「シャノン、来てくれてありがとう。出立前にあなたに会えて、とても嬉しい」

 きらきらの笑顔を惜しみなく振りまきながらエルドレッドは言い、シャノンの両手をそっと取った。
 極寒の地でも活動できるような頑丈な手袋を着けているので、シャノンの両手はエルドレッドの片手ですっぽり埋もれて見えなくなってしまう。

「私たちのことなら、大丈夫だ。綿密に計画を練っているし、私の『目星』も間違いないと思う」
「……閣下」

 思い切ってシャノンは顔を上げ、エルドレッドに握られていた右手の方を引き抜いてポシェットに入れていた最後のお守りを出し、彼の空いている手に握らせた。

「これ、騎士団の皆様のために作りました。どうか、ご無事で」
「……」

 頬が熱くなっているのを感じながら言ったのだが、エルドレッドは自分の手の中のお守りをじっと見たまま、動かないし何も言わない。
 彼の視線が、青色の布地に銀色の糸で刺繍されたお守りに縫い付けられている。

 銀髪に青色の目のエルドレッドにぴったりのお守りにしようと、シャノンは譲ってもらった端布と糸の中から真っ先に、この二色を選び出した。そしてラウハのと同様に、いっそうの願いを込めて針を進めた。

 文様として選んだのは、狼の横顔。ユキオオカミ調査のお守りとしてぴったりだと思うし、シャノンはエルドレッドのことを凜々しい冬の狼みたいだと思っている。
 ……たまに、若干の駄犬要素も入るが。

 エルドレッドはしばし硬直したのちに、なぜか天を仰いでふーっと大きな息を吐き出した。
 何をしているのだろう、と彼の上着の隙間から見える喉仏を眺めていると、やがて姿勢を戻したエルドレッドが青色の目にちらちら躍る火を灯してシャノンを見下ろしてきた。

「他の連中があなたから何かをもらっているのは、見えていた。……もし私だけなかったら嫉妬に狂い、皆から奪い取っていたかもしれない」
「他人のお守りを強奪しても、何のご利益もありませんよ……」
「分かっている。……だからこそ、私の分ももらえてよかった。お守り、ありがとう。大切にする」

 エルドレッドはそう言ってお守りを一度ぎゅっと握りしめてから、自分の鎧の内側に入れた。

(……よし! これで目標達成ね!)

 必要以上にエルドレッドの近くにいると、いろいろとあらぬ方向に想像の羽を広げてしまいそうだ。
 ましてや今からエルドレッドは辺境伯領にとって大切な任務に赴くのだから、長時間引き留めるわけにはいかない。

「では、私はこれで。お帰りをお待ち――」
「シャノン」

 言葉の途中でエルドレッドが割って入り、シャノンの腰がぐっと引き寄せられた。
 大柄な男性の力に抗うこともできず、シャノンは前の方に体を傾がせ――その場にしゃがんでシャノンと身長が合うようにしていたエルドレッドの胸元に倒れ込んでしまった。
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