捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
(……ええっ!?)

「あ、あのっ!? 閣下!」
「シャノン……かわいい人。俺たちの、春の妖精」

 シャノンの腰に添えられていた手が頬に触れ、ゴツゴツとした革手袋の感触に思わずぞくっとしてしまう。
 でもそれは決して嫌な感覚ではなくて、未知の感情に戸惑うシャノンを労るように頬の皮膚を撫でながら、反対側の耳にエルドレッドの唇が寄せられた。

「もし、でいいのだが。私たちが無事に任務を終えて帰ってきたら、あなたからのご褒美がほしい」
「ごほ……うび?」

 何を言うのか、何を言われるのか……と顔が熱くなったり心臓が忙しかったり頭が茹だったりと忙しかったシャノンが力なく繰り返すと、エルドレッドは「そう」と、どこか艶っぽい声で言う。

「シャノンから、ほしいものがあるんだ。それを褒美としてもらいたいと思っている」
「……」

 シャノンは、考えた。
 これから戦いに赴く騎士が、拠点で待つ女性に対して「褒美としてもらいたい」ものがあると言う。

 この雰囲気からそれはどう考えてもお金などではないだろうし、「シャノンからほしい」という表現からして、料理を作ってもらいたいとかでもなさそうだ。

 シャノンからエルドレッドにあげられる『褒美』として考えられるもの。
 そして、今の自分たちの関係を鑑みると――

 王都にいた頃に姉のおさがりで読ませてもらった小説に出てきた、「あなたがほしい」とかいうやつではないのか。

(えええっ!? まさかの、まさかの……!?)

 その可能性に思い至ってしまったシャノンがびくっと身を震わせると、エルドレッドはシャノンの心の内を理解したようで満足そうに笑った。

「……その反応からして、私の一方通行ではなさそうで安心した」
「え、あ、あの、かっ……か?」
「いい子で待っていておくれ。その間に……『ご褒美』についてゆっくり考えてくれていると、嬉しい」

 エルドレッドはくつくつと笑ってから体を離し、呆然とするシャノンの髪をそっと撫でてから離れていった。

 何食わぬ顔でディエゴたちの方に行って彼らに合流するエルドレッドを、ディエゴのような年長者は冷めた眼差しで、ラウハたちはにやにやしながら見ていたが、見習い騎士たちは顔を赤くしてうつむいたりしていた。
 ユキオオカミ調査という任務の同行者に選ばれて鼻高々だった若い騎士たちは、自分の主君が事務官を口説くシーンを見たことで羞恥に耐えられなかったようだ。かわいそうに。

(ゆっくり考えて……って……)

 その場に残されたシャノンは、エルドレッドが囁いた耳元をそっと手で覆う。

『私の一方通行ではなさそうで安心した』
『いい子で待っていておくれ』

 これは、もしかしなくても。

(閣下も、私のことが……好き……なの……?)

 先日はエルドレッドの意味深発言の本当の意図が分からず、シャノンがエルドレッドに好意を抱いているようだということで結論が出てしまった問題。

 はからずも、その問題を解決するだろう一撃を与えられてしまったのだった。
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