捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「……すみません、シャノンさん。少し、下がってもらえますか」
「誰かが近づいています」
「……分かりました」

 警戒するように言われたので、シャノンは椅子を抱えてその場から移動した。彼らの反応からして、近づいている「誰か」がエルドレッド一行ではないことはすぐに分かる。

 門の影からシャノンが様子を見ていると、真っ白な世界の奥から小さな人影が見えてきた。シャノンが目視できるようになるよりずっと前から気づいていたらしい門番たちは剣を抜き、「止まれ!」と声をかけた。

 門の前にやってきたのは、足取りの怪しい一人の男だった。その装いは見るからに商人などではなく、寒さのためか全身ぶるぶる震えている。

 明らかに門を素通りさせていい身なりではないからか、門番の一人は剣を構えて男のもとに行き、もう一人はいつでも門を下ろせるように門の上下レバーに手をかけている。

「そなた、何者だ。身分を証明するものがあれば、提示せよ」
「……れ」
「何?」
「……食べ物を……くれ……何も、食べていない……」

 男の姿は門番の背中でほとんど見えないが、その声はシャノンのもとまで聞こえた。

(まさかの、遭難者……?)

 考えてみれば積雪期の今、北部に旅をする命知らずの旅人なんてそうそういない。商人だって、相応の装備をして雪国仕様の馬車にした上でやってくるものだ。

 だがこの男は十分な防寒装備もできていないし、食料も持っていない。見るからに、路銀もなさそうだ。

(追い剥ぎに遭ったとか……?)

 シャノンがどきどきしながら見守っていると、男を問い詰めている門番が「遭難者か」とつぶやいた。

「食料を与えることはできるが、その際身に付けているものは全て没収させてもらう。武器などもな。……そもそも、なぜこんな真冬にこのような薄着で遭難した?」
「……あ、ああ! そうだ、伝えなければ! 北方騎士団が……」
「えっ!?」

 思わずシャノンは声を上げて身を乗り出してしまった。

(北方騎士団って……ディエゴさんたちの!?)

 ただの不運な遭難者だと思ったが、もしかすると彼は北方騎士団やエルドレッドに関する情報を持っているのではないか。

 門番たちも同じことを思ったようで、レバーのところにいた門番も男のところに駆けていき、シャノンも急いで彼を追った。
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