捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
 これがきっと、エルドレッドが言っていた『目星』なのだ。

 ユキオオカミが例年と違う行動を取っていたのは、狼の毛皮を狙った密猟者たちが山にやってきたから。雄の狼たちは雌を守るために密猟者たちを追い払おうとしたために、行動パターンが乱れる。

 ユキオオカミの白い毛皮や長い牙、少々臭みはあるものの歯ごたえがあり旨味が詰まった肉などは、高値で売れるそうだ。
 もちろん辺境伯領ではそれらを商売道具にすることはなく、やむを得ず仕留めた狼の骸が腐敗し無駄にならないようにするために最低限のものを剥ぎ取るだけに留めている。

 だが市場で、ユキオオカミの毛皮などは貴重品として重宝される。金持ちが高値で買いたがるため、密猟者がユキオオカミ狩りに来ることも少なくないという。

 多くの密猟者は気候のいい春から夏にかけて、辺境伯領にやってくる。だがその頃のユキオオカミは夏毛なので、毛皮は純白ではない。

 だからより稀少な毛皮を狙う者が、冬にやってくる。その多くは雪山で遭難したり狼の群れに襲われたりして大半は死亡するので、自業自得な連中の後処理をするのが嫌で仕方がないとラウハたちも言っていた。

(だったら、北方騎士団に捕縛されたり命からがら逃げてこられたりしただけで十分と思ってほしいくらいなのに……!)

 この男が薄着なのも、狼に襲われて上着が切り裂かれたとかが原因だろう。それなのに北方騎士団を逆恨みして……しかも非戦闘員のシャノンを襲うなんて、お門違いもいいところだ。

 ……だが、この男に正論が通じるはずもない。
 今の彼は、「こうなったのは全て、北方騎士団が原因だ」と思い込んでおり、彼の復讐対象にシャノンも入っているのだから。

「……辺境伯領の冬は、初心者が過ごすにはとても厳しいです。それを、私も肌で感じている最中です」

 男を刺激するまいと、シャノンは静かに言葉を紡ぐ。

 ……今、門番の一人が音を立てずにきびすを返したところが見えた。
 時間を稼げば、彼が助けを呼びに行くことができるかもしれない。

「極寒の雪山からもユキオオカミからも命を守ることができたあなたは、とても幸運な方です。……どうか、やけにならないでください」
「……うるせぇ」
「北方騎士団員も辺境伯閣下も、残酷な方ではありません。あなたがこれ以上の犯罪に手を染めなければきっと、ご理解くださるでしょう」

 だからこの剣を収めて、と願いを込めたのだが、男は「うるせぇ!」と怒鳴った。

「もうおしまいなんだよ! 救いも何も、あったもんじゃねぇ! 俺はどうせ、あの辺境伯に殺されるんだよ!」
「閣下は、そんなことは――」
「おまえみたいなガキが、あの男の何を知っている! あれはユキオオカミなんか比べものにならない、本物の狼だ!」

 ……悲しいことだ。

 未だにシャノンのことを子ども扱いするのもそうだが……エルドレッドのことをもっとよく理解していれば、彼が冷酷な狼などではないと分かるのに。
 確かに見た目はユキオオカミのようだが実際は明るく人当たりがよく、ダメ犬のような面もあると、分かったはずなのに。
< 57 / 74 >

この作品をシェア

pagetop