捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
 男はぐっと唇を噛みしめると、シャノンの首筋に刃を当てていた剣を振り上げた。
 門番が、「やめろ!」と叫び――

 ――シュン、と銀の光が目の前をよぎり、男が振り上げた剣の刃に当たって澄んだ音を立てた。

 衝撃により刃の先がずれて、シャノンの首めがけて振り下ろされそうだった剣の先が雪の中に埋まる。
 男がそれを引き抜くよりも前に二度目の銀の光が飛び、シャノンの首を押さえる男の左腕に突き刺さった。

「ぐあぁっ!?」
「シャノンさん!」

 すぐさま門番が飛び出し、シャノンの背中側から腕を回して雪の中から引っ張り上げてくれた。

 門番は左腕を負傷してうめく男から剣を取り上げ、遠くから複数人が雪を踏みしめながらこちらに走ってくる音が聞こえてくる。

「シャノン!」
「……閣下?」

 聞き慣れた声で名を呼ばれて、シャノンが振り返ると――ざっと白い雪が舞い、シャノンの体は太い腕に抱き寄せられその胸元に引き寄せられた。

「怪我はないか? 大丈夫か?」

 シャノンを強く抱きしめながら言うその人は、大きな体を丸めてシャノンの肩に顔を押しつけている。
 シャノンの視界の横で銀色の髪が揺れ、そこにくっついていた粉のような雪で鼻をくすぐられる。

 エルドレッドが、シャノンを抱きしめていた。
 大柄な彼がのしかかるように抱きしめてくるので、シャノンの体は彼の腕の中ですっぽり包まれてしまう。

(……あ、閣下だ。戻ってこられたんだ……)

「閣下、私……」
「大丈夫だ、何も言わなくていい。……ああ、なんてことだ。首に怪我を……」

 そこでようやく顔を上げたエルドレッドは真っ先に、シャノンの首についた剣の傷に気がついた。自分では見えないがじんじん痺れるので、おそらく皮膚を切り血が出ているのだろう。

 エルドレッドが傷の周りの皮膚にそっと触れて痛ましそうな眼差しをするので、シャノンははっとして彼の胸を叩いた。

「閣下、閣下。あの、この怪我はたいしたことないし……あと、門番さんを責めないであげてください! あの剣は確かに門番さんのものですが、うかつに前に出た私がいけないから……」
「分かった。彼らのことは、きちんと考慮しておく」

 エルドレッドがそう言ってくれたので、ほっとできた。

 そもそもは「北方騎士団」という言葉に釣られてシャノンが前に出たのがいけなかったのだから、剣を奪われたとはいえ門番に過剰な罰は与えないでほしかった。

 エルドレッドはもう一度シャノンをぎゅっと抱きしめてから、腕を緩めてくれた。
 おかげでシャノンはやっと周りの様子が見られ、エルドレッドに遅れて到着したらしいディエゴたちが密猟者の男を縛り上げていることに気づいた。

「皆様、無事なのですね?」
「ああ、約束しただろう? それに『目星』も……って、もうあなたも気づいているだろうな」

 シャノンはうなずき、立ち上がろうとした――が、途中でがくっと膝が折れ、エルドレッドの鎧の肩当て部分に両手を突く形になってしまった。
< 58 / 74 >

この作品をシェア

pagetop