捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
エルドレッドの顔が近づいてきたので、シャノンはとっさに目を閉ざした。
おかげで目の前が暗くなり、いつ唇が寄せられるかという期待と緊張と不安で胸がどきどきして……吐息が絡み合い、唇がそっと重なった。
軽く触れて離れるだけの、かわいらしいキス。
「……初めてのキスがあなたで、よかった」
唇が離れたところで目を開いたシャノンがそうつぶやくと、エルドレッドは驚いたように目を丸くした。
「初めて? 元婚約者とは、していないのか?」
「あの人とは、手をつなぐことさえ稀なくらいだったので……」
「そうか。……シャノンの唇をもらった初めての男は、私なんだな」
「はい。そして叶うことなら、最後の人でもあってほしいです」
シャノンが笑顔で言うと、エルドレッドは「んんっ」と低くうめいて少し身をのけぞらせた。
あまりにも自分らしくない発言だったのでドン引きされたのだろうかと思うと悲しくなったが、彼の顔が真っ赤なのでそうではないとすぐに分かった。
「……もちろんだとも。シャノン、私はあなただけを生涯愛し……妻として迎えるつもりなのだからな」
「ん……あ、えっ」
それはさすがに想像していなかったのでシャノンが驚いた声を上げると、エルドレッドは「あなたは、そうではなかったか……?」としゅんとした。飼い主に叱られた犬が、まさにこんな感じだろうか。
(いや、そうではなかったというわけではないけれど……)
エルドレッドは真面目な男だから、恋の延長線上に結婚があると考えるのだろう。
彼の性格を考えるとそれも当然だろうし、そう遠くない未来結婚や子どもを持つことを考えねばならない立場の彼だから、シャノンを恋人ひいては生涯の伴侶にすると決めるのもおかしなことではないのかもしれない。
「それは……とても、嬉しいです」
「そうか!」
「でも私は、平民です」
「身分のことなら、どうにでもなる。あなたには高い教養と淑女としての作法が備わっているのだから、もうこれ以上求めるものなんて何もない」
「その……私、故郷では『壁令嬢』と呼ばれておりまして」
「……ああ、確か、王都の基準では背が高い方だからだったか? そんなの、この地方では問題にならないどころか、あなたは小さくてかわいい。それに私は、あなたのしっかりとした強さと意志を感じられる背中が、大好きだ」
そう言いながらエルドレッドは、シャノンの背中や肩に触れてくる。
それは決して官能的なものではなく、シャノンが長年抱えてきたコンプレックスを静かに優しく解きほぐすかのような手つきで、むしろ彼に撫でられて嬉しい、気持ちがいいとさえ思われた。
シャノンの身分も、高身長も、エルドレッドは全く問題ないと言ってくれる。
シャノンという一人の人間を見てくれる。
それが、とても嬉しい。
「……私、あなたの妻として恥ずかしくない人になれるでしょうか」
「もう十分、あなたは私が求めるものを満たしている。それに、あなたはもはや北方騎士団……だけでなくこの城中の人気者だ。あなたが私の妻になると言えば皆、諸手を挙げて喜んでくれるだろう」
それは、シャノンもなんとなく想像できた。
(……何事も、やってみないと分からない。私にとっての「大当たり」は、この辺境伯領にあったのね)
大昔に家庭教師の先生に言われたことを思い出してくすっと笑ったシャノンは、エルドレッドの胸に身を寄せた。
おかげで目の前が暗くなり、いつ唇が寄せられるかという期待と緊張と不安で胸がどきどきして……吐息が絡み合い、唇がそっと重なった。
軽く触れて離れるだけの、かわいらしいキス。
「……初めてのキスがあなたで、よかった」
唇が離れたところで目を開いたシャノンがそうつぶやくと、エルドレッドは驚いたように目を丸くした。
「初めて? 元婚約者とは、していないのか?」
「あの人とは、手をつなぐことさえ稀なくらいだったので……」
「そうか。……シャノンの唇をもらった初めての男は、私なんだな」
「はい。そして叶うことなら、最後の人でもあってほしいです」
シャノンが笑顔で言うと、エルドレッドは「んんっ」と低くうめいて少し身をのけぞらせた。
あまりにも自分らしくない発言だったのでドン引きされたのだろうかと思うと悲しくなったが、彼の顔が真っ赤なのでそうではないとすぐに分かった。
「……もちろんだとも。シャノン、私はあなただけを生涯愛し……妻として迎えるつもりなのだからな」
「ん……あ、えっ」
それはさすがに想像していなかったのでシャノンが驚いた声を上げると、エルドレッドは「あなたは、そうではなかったか……?」としゅんとした。飼い主に叱られた犬が、まさにこんな感じだろうか。
(いや、そうではなかったというわけではないけれど……)
エルドレッドは真面目な男だから、恋の延長線上に結婚があると考えるのだろう。
彼の性格を考えるとそれも当然だろうし、そう遠くない未来結婚や子どもを持つことを考えねばならない立場の彼だから、シャノンを恋人ひいては生涯の伴侶にすると決めるのもおかしなことではないのかもしれない。
「それは……とても、嬉しいです」
「そうか!」
「でも私は、平民です」
「身分のことなら、どうにでもなる。あなたには高い教養と淑女としての作法が備わっているのだから、もうこれ以上求めるものなんて何もない」
「その……私、故郷では『壁令嬢』と呼ばれておりまして」
「……ああ、確か、王都の基準では背が高い方だからだったか? そんなの、この地方では問題にならないどころか、あなたは小さくてかわいい。それに私は、あなたのしっかりとした強さと意志を感じられる背中が、大好きだ」
そう言いながらエルドレッドは、シャノンの背中や肩に触れてくる。
それは決して官能的なものではなく、シャノンが長年抱えてきたコンプレックスを静かに優しく解きほぐすかのような手つきで、むしろ彼に撫でられて嬉しい、気持ちがいいとさえ思われた。
シャノンの身分も、高身長も、エルドレッドは全く問題ないと言ってくれる。
シャノンという一人の人間を見てくれる。
それが、とても嬉しい。
「……私、あなたの妻として恥ずかしくない人になれるでしょうか」
「もう十分、あなたは私が求めるものを満たしている。それに、あなたはもはや北方騎士団……だけでなくこの城中の人気者だ。あなたが私の妻になると言えば皆、諸手を挙げて喜んでくれるだろう」
それは、シャノンもなんとなく想像できた。
(……何事も、やってみないと分からない。私にとっての「大当たり」は、この辺境伯領にあったのね)
大昔に家庭教師の先生に言われたことを思い出してくすっと笑ったシャノンは、エルドレッドの胸に身を寄せた。