捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「……ありがとうございます、エルドレッド様。私、あなたの奥さんになれるように頑張ります」
「シャノン……! で、では私と婚約してくれるか?」
「……はい」

 恋人になると同時に、婚約者。
 一気に飛んでいった気もするが、エルドレッドは高位貴族なのだからこういうことも珍しくはない。

 シャノンがうなずいたのを見てエルドレッドは安堵したようで、「よかった!」と大きな声を上げた。

「ああ……信じられない。こんなにかわいい人を、私の妻にできるなんて。……どうしよう、夢を見ているのだろうか? 実は私はユキオオカミ調査中に雪山で転んで昏倒し、未だ非現実世界にいるのではないか……?」
「現実ですから、安心してください」

 ほら、とシャノンがエルドレッドの頬を軽く抓ると、彼は「本当だ、痛い」と納得してくれた。それはいいのだが、「もっと抓ってもいい」とやけに嬉しそうな顔をするのは、どうにかしてほしい。

「……では諸々が落ち着いたら、皆にも知らせよう。シャノン、あなたと結婚を見据えた交際を始められること……とても嬉しく思う」
「私もです。……どうかよろしくお願いします、エルドレッド様」
「ああ」

 エルドレッドはシャノンを抱き寄せてほう、と息をついてから、腕を離した。

「……今日はいい一日になった。素敵な『ご褒美』をありがとう、シャノン。では名残惜しいが、そろそろ行かなければ」
「はい――えっ?」
「えっ?」
「『ご褒美』って、どういうことですか?」

 甘い気持ちに浸っていたシャノンははっと覚醒して、今にもソファから立ち上がりそうなエルドレッドの服の裾を掴んだ。

 シャノンの予想では、ユキオオカミ調査作戦が成功したエルドレッドはシャノンに『ご褒美』……つまりは「あなたがほしい」というやつを求めてくるはずだった。
 だから、悩みつつも新品の下着を用意したりしたのだが。

(エルドレッド様の中ではもう、『ご褒美』が完了したことになっている……?)

 シャノンが鬼気迫る様子で聞いたからか、エルドレッドは「えっ」と困ったような声を上げてから、指折り数え始めた。

「それはもちろん、シャノンに告白してオーケーをもらえたこと、口づけをしたこと、それから結婚の約束をしたこと……まずい、三つももらってしまった。多すぎただろうか?」
「……」
「シャノン?」

 エルドレッドに顔をのぞき込まれたが、シャノンは呆然としていた。

(まさか……私の予想は、はずれていたの!?)

 姉と妹から聞いた情報をもとに「あなたがほしい」という推測を叩き出し、その準備をばっちり整えていたというのに。

 エルドレッドがシャノンに求めた『ご褒美』はもっとピュアで、マイルドなものだったなんて。

「そんな……せっかく着たのに……」
「着た?」
「……あ、いえ、何でもありません。『ご褒美』は……そうですね。エルドレッド様が頑張ったのだから、三つでちょうどいいと思います」
「ん、そうか? それならよかった」

 何やら腑に落ちない様子のエルドレッドだが、これ以上彼が近くにいると羞恥で死にそうなのでシャノンは彼を促して立たせ、ぐいぐいと背中を押した。

「それじゃあ! ええと……私、もうちょっとここで温まっています!」
「あ、ああ、そうだな。ゆっくりしてくれ。では」

 エルドレッドはそう言って、シャノンの頬に軽いキスを落としてから出て行った。

(……はぁ。なんとかごまかせたかしら)
< 64 / 74 >

この作品をシェア

pagetop