捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
 エルドレッドにエスコートされて、シャノンはパーティー会場に向かった。

(ずっと昔、家族で来たことがあるわね……)

 ふとそんなことを思い出しそうになったが、目を数秒閉ざすことで思い出にけりをつける。

「行くぞ、シャノン」
「はい」

 エルドレッドの腕にしっかり掴まって、使用人が開けたドアをくぐる。

「ランバート辺境伯・エルドレッド閣下、ならびにご婚約者のシャノン様、ご入場」

 使用人が告げると、会場にいた人々がさっとこちらを見てきた。

 エルドレッドはそもそもあまり王都にやってこないし、そんな彼が婚約者を連れてくるなんて、という人々の気持ちが伝わってくるようだ。

 こちらを見る目の中には、嫉妬のようなものもあり……数名の令嬢がシャノンの方を憎らしげに見て、エルドレッドの方をとろけたような眼差しで見上げているのに気づいたときには、その器用さに敬服してしまった。

 だがエルドレッドは周りの者たちが自分を見てくることにはあまり関心がないようで、それどころかシャノンにしか聞こえない声で「さっさと帰りたい……」とさえぼやいていた。

 ……今回のパーティー参加の目的は、シャノンとエルドレッドの婚約について皆に知らせ、認めさせること。

 そして、シャノンにとって気懸かりな存在を、叩き潰すこと――

「シャノン!?」
「お姉様!」

 ざわつく人々の間を縫って、誰かがやってくる。妙に聞き覚えのある……だが記憶の中よりも若干元気がなさそうな声のする方を見ると、中年の夫婦と娘二人が出てきた。

 ……どくん、とシャノンの胸が痛みを放つ。

(お父様、お母様……お姉様に、オリアーナ)

 もう家族と呼ぶこともできない人たちを前に、決心はしてたもののつい足を止めてしまったシャノンに気づいたエルドレッドが、すぐに前に出てくれた。

「貴殿ら、私の未来の妻に何か用か?」
「こ、これは、ランバート辺境伯閣下!」
「まあ、あなたが噂の、辺境伯家当主様……?」
「とっても素敵だわ」

 父と姉と妹はエルドレッドを見て目を輝かせる一方、母は目を伏せている。
 考えていることが分かりやすい三人と違い、母が今どんなことを思って次女の前に立っているのか、シャノンには分からなかった。

「私は、そこにいるシャノンの父でございます! ウィンバリー子爵家のロドリックです!」
「ごきげんよう、辺境伯閣下。わたくし、シャノンの姉のダフニーと申します。妹がいつもお世話になっております」
「わたくしは子爵家三女のオリアーナです! お会いできて光栄でございます」

 父は緊張した様子で、姉は「自分は妹思いのお姉さんです」とアピールするかのように、妹はしなを作って甘えるように、エルドレッドに挨拶をした。
< 69 / 74 >

この作品をシェア

pagetop