捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
シャノンが家を出ることになったのは、婚約破棄が決定してから三日後のことだった。
父は即日シャノンを追い出そうとしたが、母とほんのわずかな使用人があれこれ言い訳をして留めさせ、二日間の猶予をもらえることになったからだ。
出発の日の朝、質素なワンピース姿でトランク一つを抱えたシャノンに、母は無表情で小さな革袋を押しつけてきた。
「お母様、これは?」
「……」
母は、表情を固まらせたまま何も言わない。三日前の夜から、母はシャノンに口を利いてくれなくなっていた。
だが使用人に命じてお古のトランクを用意させたり、最低限の衣類や王都内で使える馬車チケットを手配してくれたりした。どれも父や姉、妹たちに隠れてではあったがシャノンの逃げ仕度を整えてくれた。
そして子爵邸の裏門から出ようとするシャノンに、無言で押しつけた革袋。その布地の膨らんだ形からして、中には小銭が入っていると分かる。
「いただいてもよろしいのですか?」
シャノンの問いに母は何も言わず、袋を放った。地面に落ちたときに立てたジャン、という音からして、中がお金なのは確定だろう。
最低限の路銀は与えられているが、多いに越したことはない。シャノンはしゃがんで、革袋を拾った。
「ありがとうございます、お母様。……お役に立てず、申し訳ございません」
「……」
「どうか、お体に気をつけてください。……さようなら、お母様」
シャノンが頭を下げて言うが、母は最後まで何も言わず背を向け、メイドを伴って屋敷の方に行ってしまった。
(……お母様もきっと、苦しんでらしたのね)
革袋をぎゅっと握って上着のポケットに入れ、後ろを振り返ることなく歩きながらシャノンは思う。
父はシャノンに対して容赦なかったし、姉のダフニーは「妹を正しく導けないだめな姉」の演技をする自分に酔いしれながらネチネチとシャノンをいじめ、妹のオリアーナの方はあからさまに貶してきた。
母も、シャノンに暴言を吐いてきたし役立たずだとか壁のような娘などと言ってきた。それでも、シャノンが生きていけたのは母がいたからだ。
家庭教師だって、父はダフニーとオリアーナだけで十分だろうと言ったそうだが、シャノンにも最低限の教育をと言ったのは母だったという。
かわいくない、でかいだけの次女を産んだ、母。
母に対して愛情などは持ち合わせていないが感謝の気持ちはあるし、大柄に育った自分が母を悩ませる一因になっていたのだという自覚もある。
(お母様、どうか幸せに)
父と姉妹はともかく、母の幸せだけは願いたいと思えた。
父は即日シャノンを追い出そうとしたが、母とほんのわずかな使用人があれこれ言い訳をして留めさせ、二日間の猶予をもらえることになったからだ。
出発の日の朝、質素なワンピース姿でトランク一つを抱えたシャノンに、母は無表情で小さな革袋を押しつけてきた。
「お母様、これは?」
「……」
母は、表情を固まらせたまま何も言わない。三日前の夜から、母はシャノンに口を利いてくれなくなっていた。
だが使用人に命じてお古のトランクを用意させたり、最低限の衣類や王都内で使える馬車チケットを手配してくれたりした。どれも父や姉、妹たちに隠れてではあったがシャノンの逃げ仕度を整えてくれた。
そして子爵邸の裏門から出ようとするシャノンに、無言で押しつけた革袋。その布地の膨らんだ形からして、中には小銭が入っていると分かる。
「いただいてもよろしいのですか?」
シャノンの問いに母は何も言わず、袋を放った。地面に落ちたときに立てたジャン、という音からして、中がお金なのは確定だろう。
最低限の路銀は与えられているが、多いに越したことはない。シャノンはしゃがんで、革袋を拾った。
「ありがとうございます、お母様。……お役に立てず、申し訳ございません」
「……」
「どうか、お体に気をつけてください。……さようなら、お母様」
シャノンが頭を下げて言うが、母は最後まで何も言わず背を向け、メイドを伴って屋敷の方に行ってしまった。
(……お母様もきっと、苦しんでらしたのね)
革袋をぎゅっと握って上着のポケットに入れ、後ろを振り返ることなく歩きながらシャノンは思う。
父はシャノンに対して容赦なかったし、姉のダフニーは「妹を正しく導けないだめな姉」の演技をする自分に酔いしれながらネチネチとシャノンをいじめ、妹のオリアーナの方はあからさまに貶してきた。
母も、シャノンに暴言を吐いてきたし役立たずだとか壁のような娘などと言ってきた。それでも、シャノンが生きていけたのは母がいたからだ。
家庭教師だって、父はダフニーとオリアーナだけで十分だろうと言ったそうだが、シャノンにも最低限の教育をと言ったのは母だったという。
かわいくない、でかいだけの次女を産んだ、母。
母に対して愛情などは持ち合わせていないが感謝の気持ちはあるし、大柄に育った自分が母を悩ませる一因になっていたのだという自覚もある。
(お母様、どうか幸せに)
父と姉妹はともかく、母の幸せだけは願いたいと思えた。