捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
(……分かりやすい)

 もはや見るのも苦痛なのでシャノンはエルドレッドの背後でそっと目をそらし、エルドレッドは「おや?」とわざとらしく首を傾げた。

「妙な話だな。私のかわいい人は、実家から勘当処分を受けたと言っていたのだが」
「い、いえ、それは……そう、誤解です!」

 もののずばり言われるとは思っていなかったのか、父はあからさまに慌てていた。

 ……今日、エルドレッドの婚約者としてシャノンが参加することは、ほとんどの者に知らせていない。
 だから父たちも、まさか麗しの辺境伯閣下の愛しい人として自分が捨てた元家族が紹介されるとは思っていなかったため、十分に脳内シミュレートできていないのだろう。

 明らかに動揺している父よりは順応力が高かったのか、姉が目を潤ませながら前に出た。

「辺境伯閣下、それは誤解なのです。妹のシャノンはわがままで思い込みの激しい子で、父があの子のためを思って叱ったのを重く捉えすぎて自ら家を出て行ったのです」
「そうですよ! シャノンお姉様は、すーぐに人のせいにするのです! もしかすると閣下に対して、あることないことを言っているかもしれませんが……あんまり本気に捉えてはなりませんよ?」

 そう言いながら、オリアーナはぷっくりとした自分の唇に人差し指を当て、その手をエルドレッドの方に伸ばしてきて――

「やめてください」

 すかさず前に出たシャノンが、はたき落とした。

 シャノンは半年ぶりに再会した妹の前に立ち、じっとその顔をにらみつける。

「私のことを悪く言いたいなら、勝手にしてください。……でもその手で、私の未来の旦那様に触れないで」
「はぁっ!? ……あ、いえ、もう、嫌だわ、お姉様ったら」

 嫌っている姉に生意気に言い返されたからか、オリアーナが一瞬だけ本性を露わにした。すぐに取り繕っておほほ、と笑うが、未だその額には青筋が浮いている。

「シャノンお姉様、そうやって嫉妬丸出しにするのはよろしくないわよ?」
「そうよ。シャノン、もっと上品に淑女らしくありなさい。そうしないと、あなたがせっかく捕まえた辺境伯閣下に飽きられてしまうわよ?」

 ……なるほど、とシャノンは頬がひくつきそうになりながら理解した。

(お姉様は私の味方ぶって自分の株を上げようとして、オリアーナはあわよくば私から閣下を奪い取ろうとしているのね……)

 笑ってしまうくらい、昔から何も変わっていない姉妹だ。
 そういえば姉はもう結婚していてもおかしくない時期だが、婿養子になる予定だった夫はどこにいるのだろうか。

「……先ほどから、何を言っているのか知らないが」

 そこでエルドレッドは口を開いてシャノンの腰をそっと引き寄せて耳元にちゅっと唇を落とし、それから威嚇するような目で子爵家の面々を見た。

「少なくとも……そこの令嬢、あなたの解釈は間違っている。私はシャノンに捕まったのではなくて、私がシャノンを捕まえたのだ。絶対に他の男に渡したくない、と強く思って、な」
「なっ……!」
「それから、そちらの令嬢」

「そこ」扱いされた姉が顔を真っ赤にする傍ら、今度は「そちら」呼ばわりされたオリアーナが期待に目を輝かせるが――

「先ほど、シャノンが言ったとおりだ。……私には、指一本触れないでくれ。私はシャノン以外の女性に触れる趣味はないし、触れられたくもない」
「えっ……」
「最後に、おまえ」

 とうとう「おまえ」扱いされた父がびくっと身を震わせ、エルドレッドは小さく首を傾げた。

「先ほどからおまえたちは、シャノンのことを娘だの妹だのと呼んでいるが……何か、勘違いしていないか?」
「……そ、それは勘当の件ですか!? ですので、そちらは誤解で――」
「私の婚約者の名は、シャノン・ウィンバリーではない」

 エルドレッドは懐に手を入れて、そこから出した書類をぱっと開いて父たちに見せた。

「彼女は先日、ブレイディ侯爵家の養女となった。彼女の名は、シャノン・ブレイディ。ブレイディ侯爵令嬢であり、いずれランバート辺境伯夫人となる女性だ。ウィンバリー子爵家とは何の関係もない」
「え」

 父はぽかんとして、目の前の書類をまじまじと見ている。それに姉と妹と……それからさすがに気になったのか母ものぞき込んできた。
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