捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる

幸せの春を共に

 ランバート辺境伯領の春は、とても美しい。

「見てください、エルドレッド様! お花がこんなに」
「ああ、とてもきれいに咲いているな」

 短い草が生える小川のそばにて、シャノンが摘んだ花を見せるとピクニックシートの上に座っていたエルドレッドは頬を緩ませて微笑んだ。

「だが、どの花よりも私の婚約者の方が美しい。……さあ、こっちにおいで、私の愛しい春の妖精」
「……も、もう! お上手なんですから!」

 川辺に座り両腕を広げたエルドレッドに言われたシャノンは、照れ隠しも兼ねて少しだけ勢いをつけてエルドレッドの膝の上にどんと座った。
 だがそれくらいで動じるエルドレッドではなく、彼は背後からぎゅっとシャノンを抱きしめて「いたずらっ子な子猫のようで、かわいいな……」とシャノンのささやかな抵抗さえ溺愛の材料にしてしまった。

 厳しい冬が過ぎた後の辺境伯領は、それまでの一面の銀世界が嘘のような春の光景が広がっている。
 王都近郊ほど草木は茂っていないが、長い冬を頑張って耐えた植物たちが芽を出し、花を咲かせていた。

 今日、シャノンたちは仕事を休み、護衛たちを連れて小川に散歩に来ていた。護衛になったのはもちろんのこと北方騎士団員たちで、ディエゴは「あんまり腑抜けないでくださいよ」とエルドレッドにお小言をもらしている。

 なお、いずれシャノンがエルドレッドと結婚して辺境伯夫人になったときに、身辺警護の騎士を専属でつけるべきだという話になっている。そこで立候補したのが、ラウハ、テルヒ、エリサベトの女性騎士たちだった。

 元々シャノンと仲がよくて、婚約の話をしたときにも大喜びしてくれた三人だ。エルドレッドも、既婚者のディエゴや他の独身男性騎士よりずっと安心できるようで、このまま問題なければ三人がシャノン付になる予定だ。
 ラウハの恋人も彼女の肌に傷が付くことをとても心配していたので、彼女が辺境伯夫人付になれば安心してくれそうだ。

 エルドレッドと婚約して、国王の承認も得られた。
 養子先となったブレイディ侯爵家からの後援もあり、シャノンは未来の辺境伯夫人として順調に生活することができている……のだが。

「さあ、菓子を食べよう。ほら、シャノン。あーん?」
「……エルドレッド様」

 エルドレッドの膝の上で、シャノンは「待て」の仕草をする。彼女の顔のすぐ横には、エルドレッドが摘まんだ焼き菓子が。

「自分で食べられますので、大丈夫です」
「そんな寂しいことを言わないでおくれ。私は、手ずからシャノンに菓子を食べさせてやりたいんだ」
「もはや餌付けじゃないですか」
「餌付けの何が悪い!」

 ここまで堂々と開き直られると、正論も何もなくなってしまう。少し離れたところで、ディエゴが自分の胃の辺りを押さえていた。大丈夫だろうか。

(エルドレッド様に甘やかされすぎて、困るわ……)

 決して、「幸せすぎて困っちゃう!」というやつではなくて、彼の過保護っぷりにほとほと呆れてしまうのだ。

 まだ結婚前なので寝室こそ分けているが、キスは毎日朝晩は必須、日中もとても物欲しそうな目でじっと見てきたかと思ったら物陰に連れ込まれ、うんと濃いキスをかましてくる。
 シャノンのことを「小さい、かわいい、愛している」と思いつく限りの言葉で愛で、時間さえあれば構いに来る。

 さすがに仕事に支障を来すようなら本気で怒るとシャノンが言ったからか、エルドレッドが仕事をサボる様子は見られない。
「シャノンは、怒った顔もかわいい」と言ってはばからないエルドレッドだが、本気で怒らせるつもりはないようなので、シャノンもその点は安心している。

 仕事中は普通に格好いいのに、こんなにデレデレしていていいのか……とシャノンは思うのだが、辺境伯城の人たちからの反応は案外落ち着いたものだ。
 どうやら、確かにエルドレッドが婚約者に向ける愛情はやや重めではあるものの、北国の男たちはわりと皆そういう傾向にあるそうだ。

(とはいえ、手綱を取るのも私の役目よね)

 やれやれと思いながら、シャノンはエルドレッドの膝の上で座り直して彼と向き合う格好になった。
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