捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる

求人ギルドでの出会い

 母が渡してくれた革袋の中はほとんどが銅貨で、わずかに銀貨が混じっているくらいだった。
 だがこれは母がケチだからというわけではなくて、父に感づかれないように娘に渡す路銀を用意するには銅貨や銀貨といった小銭を使うしかなかったからなのだと、予想できた。

(まずは、生きていく方法を考えないと)

 王都はにぎやかで、働き手を募集しているところも多い。だがそのほとんどは身分証明が必要で……今のシャノンには名乗れる家名はなく、勘当前のウィンバリー姓を名乗ったとしても、「婚約破棄され、勘当された元貴族の娘」ということで雇用を敬遠するところも多いだろう。

 となるといっそのこと、王都を離れた方がいい。地方だと稼ぎは少なくなるし治安も悪い場所があるので、ハズレを引けばとんでもない目に遭う。

(でも先生は、ハズレもあるけれど大当たりもあると言っていたわ)

 シャノンが先生と呼ぶのは、子どもの頃に家庭教師をしてくれた女性ただ一人だ。

 彼女は地方出身で、若い頃は王都の外のあちこちの街を旅していたという。女性の一人暮らしが厳しい場所もあるが、中にはとても暮らしやすくて人も優しい、素敵な地方もあるのだと言っていた。

 だから元貴族令嬢という悪い肩書きがつきまとう王都にいるよりは、ギャンブル気味ではあるが王都の外に出た方がいいのではないか。

(だとしても、先生みたいにあちこち旅をする勇気はないし……)

 そう考えたシャノンは馬車チケットを使って移動し、王都にある求人ギルドに向かった。
 こういう場所が王都の片隅にあるということも、姉や妹は知らないだろう。シャノンだって、先生に連れられて王都の散策に行った際に説明してもらわなかったら、一生知らないままだっただろう。

(先生、私に勇気をください……!)

 ドアの前で深呼吸して気持ちを落ち着けてから、えい、と両開きのドアを押し開けた。

 そうして足を踏み入れたギルド内部は貴族の屋敷のロビーのような広さがあり、思ったよりも清潔感があった。ギルド、と聞いてなんとなく薄汚い場末の飲み屋のようなものをイメージしていたので、シャノンはその先入観をこっそり消しておくことにした。

 求人ギルドの常連らしい人たちは迷いない足取りで受付のカウンターに向かい、その後で奥の壁に貼られた求人一覧を眺めにいっている。

「俺が先に取った!」「いや、俺が先に目をつけた!」と求人票の取り合いをする者もいるが、すかさず奥から屈強な男が出てきて二人を締め上げた。喧嘩していた二人も体格がいいのだが、仲裁役の男はそれ以上に体が大きく、揉めていた二人の首根っこを掴んで奥の部屋に消えていった。

(ち、治安はいい……ということかしら?)

 少なくとも騒ぎを起こさなければシメられることはないし、もし絡まれたとしても誰かが間に入ってくるから大丈夫、と思っていいだろうか。
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