ループ中の不遇令嬢は三分間で荷造りをする

第五話 嘘つきには裁きを


「アンリエッタ・ベルモンド。私と結婚してくれ」

 眉目秀麗な王太子の求婚に、アンリエッタは――

「お返事は……少しだけ、お待ちいただけますか」

 おそるおそる、そう答えた。
 エドワードの表情が、曇ってゆく。

 アンリエッタは、今はエドワードとの結婚よりも、とにかく真実を知りたかった。
 ベルモンド侯爵が、どうしてエドワードとマリアンヌの婚約を(うそぶ)いたのか。
 なぜアンリエッタと縁を切り、屋敷から追い出したのか。
 そして――エドワードは、マリアンヌを愛していたのではなかったのか。

「……理由を尋ねてもよいか」

 エドワードはアンリエッタの手を離し、問いかけた。冷たく装った声の奥側が震えていることに、エドワード自身は気が付かなかった。

「私には、自分の身の安全のために、お返事をする前に確かめなくてはならないことがあります。ですから、殿下のお答えを伺ってから、先程のお返事をさせていただきたいのです」
「……わかった。君が確かめたいこととは、何だ」
「私が今から言うことは、推論です。ですから、途中で口を挟まず、最後まで聞いてからお答えをいただきたいのです」

 アンリエッタは、そう前置きをして話し始めた。

「エドワード殿下は、マリアンヌを愛しているのでしょう? けれど、隣国との関係から、私との婚約を解消することができなかった」

 エドワードの眉がぴくりと動くが、口を挟もうとはしない。約束を守るつもりのようだ。

「だから、殿下は父の前で、マリアンヌと婚約すると約束をした。殿下の確実な後ろ盾を得た父は、私を勘当し平民に落とした」

 エドワードのこめかみに、青筋が浮かび始めた。だが、アンリエッタはそれに気付かない。

「私が身分を失えば、婚約破棄の手続きをとらなくとも殿下との婚姻は不可能になる。それか……最も好都合なのは、私が死ぬこと。だから――」
「有り得ない」

 エドワードはアンリエッタとの約束を破り、話を遮った。その声は、隠しようもなく怒りに震えている。
 エドワードは、内窓を開けて、御者に命令を出した。

「行き先を変更してくれ。騎士の詰所を経由し、目的地はベルモンド侯爵家だ」
「殿下、どうして……!」
「平気で嘘をつくような人間には、虫唾が走る。適切な裁きを受けてもらうぞ」

 アンリエッタは、危険を冒して踏み込んだことを言ったにも関わらず、推論に対する答えを得ることができなかった。しかも、エドワードに嘘つきだと断定されて、待っているのは『適切な裁き』だ。
 実際、今回のループでは、アンリエッタは勘当されていないし、マリアンヌとエドワードの婚約話も耳にしなかった。もしかしたら、ループを繰り返すうちに、前回までとは状況にズレが生じてきているのかもしれない。

 ならば、今回のループでは――まさに、アンリエッタが、嘘つきだったのだ。

「――君は私のものだ。逃してなるものか」

 アンリエッタは絶望に打ちひしがれており、エドワードが小さく小さく呟いた言葉は、耳に届いてはいなかった。




 詰所に寄り道をして、数人の騎士を供につけたエドワードは、先触れもなくベルモンド侯爵家を訪れた。
 自身が騎士でもあるエドワードは、詰所で騎士用の軽装に着替えを済ませており、(かたわ)らには全身鎧を着た騎士を二人携えている。エドワードの近くに、アンリエッタの姿は見えなかった。

「これは王太子殿下。夜分にどうされたのですか」
「失礼。中に入ってもよいか」
「え、ええ。おいそこの、急いで支度を――」
「構わん。すぐに済む」

 エドワードは屋敷の正門と通用門に騎士を二人ずつ立たせ、玄関にも一人騎士を配置する。傍らの重装兵二人と共にベルモンド侯爵家の中に入ると、サロンに侯爵だけを呼びつけ、使用人には退出させた。
 全身鎧の重装兵は威圧感があり、ベルモンド侯爵は身がすくんだ。

「ベルモンド侯爵、王太子として命ずる。これから私はいくつか質問をする。すべて正直に答えよ」
「は、はい」

 エドワードは、王太子として侯爵に命令した。傍らの重装兵のうち一人が兜を跳ね上げ、記録用のノートを広げる。
 王太子命令が出ているため、このノートは正式な記録として残され、裁判になった際に利用されたり、嘘があると認められたら拘束の上取り調べをされる場合がある。

「ところで、その大切な話題に入る前にひとつ聞くが……アンリエッタは在宅か?」
「い、いえ」
「なら、どこにいる?」
「アンリエッタは……」

 侯爵は、一度言葉を切った。何と答えれば利となるのか、頭の中で、計算が行われているのだ。
 ――エドワードは「大切な話題に入る前に」と言ったから、アンリエッタに関する話は本題ではないのだろう。実際、騎士もまだ記録をつけていないようだ。なら、まだ嘘をついても問題はない。

 一瞬で計算を済ませたベルモンド侯爵は、王太子の『大切な質問』に対して、嘘をついてしまった。

「アンリエッタは――死にました」
「……アンリエッタが、死んだ?」
「はい。家出をして戻らないので探しに出たのですが、遺体で見つかりました。事故だったようです」
「……ほう。それは残念だ。では、アンリエッタとの婚約は白紙になるのか?」
「ええ。ですから、殿下におかれましてはマリアンヌとの婚約を――」

 その時、カリカリとペンを走らせる音が聞こえ、ベルモンド侯爵はギョッと目を見開いた。まだ、『大切な話題』に入る前ではなかったのか。

「侯爵。知っていると思うが、この会話は正式な記録として残るぞ。嘘が露見すれば、裁判で不利になる他、身柄を拘束する権利が生じる」
「ぞ、存じ上げておりますが、今の質問は……約束が違うのでは」
「私は、大切な話題に入る前にひとつ(・・・)聞くと告げた。そして、アンリエッタは在宅かと質問した」

 侯爵は、アンリエッタを死んだことにして、マリアンヌとエドワードとの縁談を確実なものにしようと画策していた。
 それに、行方不明は事実だ。こんな夜分に女一人で、無事に済むはずがないと確信していた。

 だが、ここに来てようやく、侯爵は自身の失態を悟った。

 エドワードは兜を跳ね上げていない方の騎士を見遣り、大きく頷く。その合図で、騎士は兜に手をかけた。
 騎士が兜を脱ぐと、ルビーのような紅い髪がふわりと広がる。緑色の瞳が、汗を垂らし始めた父親を見据えた。

「アンリエッタ……!」
「……お父様……」

 ベルモンド侯爵も、まさか全身鎧の中身がアンリエッタだとは、思いもしなかっただろう。それはそうだ、普通の令嬢には、全身鎧も、鉄兜も、重くて身につけることができない。
 だが、剣術や護身術で鍛え抜いていたアンリエッタは、問題なくそれらを身につけることができたのだ。

「侯爵……残念だよ」

 エドワードは低く呟き、すっと手を挙げる。
 それを合図に、先程まで記録を取っていた騎士が動き、手早く侯爵を拘束したのだった。
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