狂気のお姫様
「え?」
さっきまでの微笑はどこへ行ったのか、無表情で女を見下す。
「ど、どうしたの?鳴くん」
今度ばかりは四ツ谷鳴の違う雰囲気に気づいたのか、女は一歩後ずさりをする。あまりの冷たい空気に周りも、そして私たちも動かずにその動向を見つめる。長谷川蓮だけが、興味なさそうに壁にもたれかかっていた。
「さっきからお前なに?うぜぇし、香水くせぇし」
「え、鳴くん?」
「つーか、お前誰だよ。調子乗って彼女面してんじゃねぇぞ」
「え…っ…ヒッ…ゲホッ」
四ツ谷鳴が女の襟をつかんで持ち上げる。首がしまっているのか、女は苦しそうにもがく。が、誰も助けようとしない。いや、助けられないというのが正解か。
「失せろ」
バキッ
誰もが息を飲み、背中に冷や汗が垂れたことであろう。最近入学した1年にも、嫌でもその力と理不尽さが知れ渡った。天とは本当に恐ろしいと。
軽く5mは吹っ飛んだ女は、鼻から血を出しながら「ゲホッゲホッ」と嘔吐く。
「あー、香水のにおいついちゃったかー。蓮におう?」
「そこそこ」
「うげー、最悪」
殴った張本人は、なんでもないかのように長谷川蓮と話す。そして視界にまた私をおさめた。
嫌いじゃない、と。本能ではそう思った。
ビンタされただけで階段から突き落としたり、顔面を潰したりする私。話を遮られただけで女を殴る四ツ谷鳴。違うのは理不尽さ、というところだろうか。嫌いではないが、関わりたくはない。これに尽きる。
「あれ、律ちゃんに何話そうとしたっけ。忘れちゃった」
「ごめーん」と笑顔で頭をかく四ツ谷鳴にホッとする気持ちが反面、はやく逃げたい気持ちが反面。
「や、大丈夫です」
こんなに人がいるところで迂闊に話なんかしてられない。私のよそよそしい態度を見るも明らかで、顔見知り程度だということは一目瞭然だろう。そしてそろそろ小田が死にそうなので本当に退散したい。
「きゃっ」
どうしようか、と考えていると小さく悲鳴が聞こえてきて、無意識にそちらを向く。
「出た」
それを言ったのは、小田か、それとも私か。