残念先輩って思われてますよ?

 これは反則級だ。ズルい……。

 その場で思わず少し本音を漏らしてしまい、慌てて立ち上がり彼女に自分の蕩けきった己の顔を見せないよう早歩きして駅に向かった。

 そして今日の朝、偶然にも彼女が自分の家のある三つ後の駅から同じ車輛に乗ってきたのが見えた。だけど俺は座席に座っていて、彼女は扉近くでスマホで一生懸命何かを見ている。多分勉強しているのかも……。

 電車が揺れると人の波を縫って一瞬だけ彼女が見えては隠れる。さすがにこの混み具合なら彼女に俺の視線を気づかれることはないだろう。

 思わぬ幸運が舞い込んできた。

 大きな駅での車両内の大きな人の入れ替わり、彼女は数か所空いている座席を素早く視線を走らせ最も座れる確率の高い席に狙いを絞り、無事座ることができた──俺のすぐ隣に──。

 彼女は「ひゃっ!」と俺の今まで女性に受けて芽生えた心のバリアを一撃で崩壊してみせた。

 慌てて静かにするようにジェスチャーを送り、彼女も気が付きそれに従う。


「……」

 お互い無言になった……。

 まずい、どうしたらいい? 女の子に自分から積極的に話かけたことがこれまでないから俺の思考は一旦停止する。

 あっ、そうだ……これまで女性というものを知らなすぎた俺は、恋の相談役となった妹に教科書として恋愛ものの小説を何冊も貰ってたんだった。

 ちょうど鞄の中に読み終わった本を取り出し渡すと「有難うございます」と返事をされそのまま小説を読み耽り始めた。
< 52 / 55 >

この作品をシェア

pagetop